◆その399 ミナジリの王

 ミナジリ共和国とリプトゥア国との戦争時、剣神イヅナと拳神ナガレは一戦を交えた。その時イヅナはナガレに言ったのだ。

【どちらが上かはわからぬが、誰が上かは明白】と。

 そう、ミケラルドは既にその時【剣神化】を体得していた。

 そして、その【剣神化】を与えたのは何を隠そうイヅナ自身だったのだ。


「そうか、イヅナと戦った時、血を得たのか」

「そういう事。イヅナさんを回復してる時、まぁベッチョリだったし頼んだらくれた。『敗者は何されても文句言えない』とか言われてね」

「まったく、とんでもないモノをくれてやったものだな、イヅナは……」


 肩をすくめ呆れるリィたんと苦笑するミケラルド。

 周囲を包むミケラルドの膨大な魔力を見渡したのち、リィたんがミケラルドを見る。首を傾げ微笑むミケラルドを前に、リィたんはその背にゾクリと寒気を覚えた。


(……この私をしても、魔力の底が見えない……!)

「どうしたの、リィたん?」

「いや、続けるのか?」

「え? それ俺に聞く?」

「ミックが弱い者を甚振いたぶる趣味があるとは思いたくないのだが?」


 ミケラルドに両の手を開いて見せたリィたん。

 それは、戦意のない証とも言えた。

 溜め息を吐いたミケラルドがわざとらしくリィたんに言う。


「ずるいなぁ」

「はははは、その点では私の勝ちといったところだな」

「惨敗だね」

「だが――」


 直後、ミケラルドはリィたんの行動に目を丸くする。


「……っ!」


 眼下でひざまずくリィたん。


「リィたん……」

「これは、私の忠誠だ。誰にも邪魔はさせん。勿論ミック、お前にもだ。ミック、一介の吸血鬼と思っていたあの頃が懐かしい。私を前にひれ伏し、私から生き残った。更に私を供にし、冒険者にした。龍の身でありながら人と共生し、国を興した。何とも面白い一年だった。まるで私のこれまでの生が薄っぺらい紙のようだった。それだけこの一年は私にとって濃密で……楽しかったのだ。ありがとうミック。お前のためならば、この身体を捧げるに値する」

「そんな大げさな……」

「大丈夫だミック、今まで通りで問題ない。ただこれは、私の覚悟の問題なのだ」

「覚悟?」

「今ならば、雷龍シュガリオン……いや、たとえ霊龍が現れたとて負ける気がしない。ミック、お前とならな」


 リィたんが自身の胸に手を置き、その後ミケラルドへ手を伸ばす。

 ミケラルドがこれを取り、リィたんをゆっくりと立たせる。


「ありがとうリィたん。リィたんのおかげで強くなれた。リィたんのおかげでこれまで死なずに済んだ。俺はこの事を一生忘れないよ。でも、これで終わりじゃない。道はまだまだ続いてる。だからこの道の終着点まで、どうか一緒に歩いて欲しい」


 顔を綻ばせたリィたんは、一度俯き、すんと鼻息を吐いた後、満面の笑みを見せて言った。


「まったく、世話の焼けるあるじだ」


 言いながら、ミケラルドの手を強く握ったのだった。

 その優しく嬉しそうな微笑みを――、


「ちょっとちょっとちょっとー! ストーップッ!!」


 止める者が現れるまでは。

 この場にいるのは、ミックとリィたん以外では二人。

 声の主はジェイル――であるはずもない。

 当然、二人を止めたのはナタリーに他ならなかった。

 ピョンピョンと跳躍し、少しずつ二人に近づいて来るナタリー。

 二人を指差しながらナタリーは、


「決闘って話だったでしょう! 何で仲良く手を取り合っちゃってるのっ!? 聞いてない! 私、そういう事聞いてないんですけどっ!?」


 ぷんぷんであった。

 困り顔のミケラルドは、ナタリーから目を背けるも――、


「そこ! こっち見る!」

「あ、はい」


 ナタリーを止められる存在はこの場に誰もいなかった。


「リィたん!」

「な、何だっ!?」

「まさか【あの話】、忘れた訳じゃないでしょうねっ?」

「い、いや……覚えてるぞ? ちゃんと、しっかり、うむ」

「ふ~~ん? ならいいんだけど~?」


 ジトりとリィたんを見るナタリーの言葉に、ミケラルドが首を傾げる。


(何だ、【あの話】って?)

「ミックはいらない詮索しない!」

「首を傾げただけで!?」

「だけで!」

「あ、はい」


 そう、こと口論においては、ナタリーがミナジリ最強なのだ。

 武力行使をせず、平和的に物事を解決するミナジリ共和国。

 実質的なミナジリの王は、ナタリーなのかもしれない。


「ミック」

「何でしょう?」

「この後、冒険者ギルドに用があるとか言ってなかった?」

「あ、そういえばそうだった! それじゃあ皆、悪いけど先に帰ってるね!」


 と、慌ただしく転移していくミケラルド。

 それを見送った【ナジリ】の三人。


「私との決闘の後に予定を入れていたのか、ミックは?」


 リィたんが呆れ、


「気付いてないようだな、水龍リバイアタンを準備運動相手にしている事に」


 ジェイルが呆れ、


「しょうがないよ、だってミックだし」


 ナタリーが呆れる。


「だがしかし、それが我らの王だ」


 リィたんが笑い、


「ミナジリ王、ここに極まれり――だな」


 ジェイルが苦笑し、


「ほんっとしょうがないんだから、ミックは」


 やはりナタリーが呆れる。


「あ、そうだリィたん! 今日アレが届いたよ!」

「ん? もしかして聖騎士学校の制服というやつか?」

「そうそうソレ! 帰って試着しようよ!」

「ふむ、気にならないと言えば嘘になるな」


 と、ナタリーとリィたんが二人してキャッキャと女子トークを始める。

 そして取り出したテレポートポイント。

 それを見て、ジェイルが零す。


「あ」


 だが、ジェイルが口を開いた時には遅かった。


「ではジェイル、私たちも先に帰ってるぞ!」

「また後でねー!」


 と転移する二人。


「待て、おい」


 ジェイルの言葉は、荒地に響くばかりだった。


「……私はテレポートポイントを持っていないのだが」


 響くばかりだった。

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