その381 好成績

「ハン、抜かれるなよ!」

「任せろって! おらぁ!」


 五階層。

 一階から四階までのモンスターが集結する階層。

 この階層で最も注意すべきは、やはりマスターゴブリンだろう。

 知性が高く、ムシュフシュの背に乗ったり、ゴブリンチャンピオンの肩を踏み台にしたり、ダブルヘッドセンチピードの陰に潜んで攻撃を入れてくる。

 この多様な動きが加わる事で、五階層はこれまでの階層とは比べ物にならない難度である。

 リィたん率いる【ガーディアンズ】は、パーティ構成が理想的であると共に、人数も六人だった。

 しかし、この【オリハルコンズ】は四人であり、パーティ構成も悪くないものの良いとは言い難い。アリスの【聖加護】があるだけマシではあるが、正直攻略自体は難しいのではないかと思っている。


「フレイムボール!」

「ライトシュート!」


 キッカとアリスが攻撃魔法を使い始めたのが良い証拠だ。

【聖加護】を付与した前衛だけでは、モンスターたちの猛攻を防ぎ切れていない。

 本来、魔法を使うのはここ一番とされる重要ポイント。

 だが、それが頻発すれば、どうしても残存魔力に影響が出る。

 あがる息。疲労と共に精神が削れ、状況判断が甘くなる。


「っ! ハン!」


 最初にラッツが気付いた。ハンの背中を狙ったのはムシュフシュだった。

 身を低くし、ゴブリンチャンピオンの股下を潜り、ハンの視界から消えたのだ。そして、ムシュフシュはハンの死角に回り込んだ。


「くそっ!?」

「おぉおおおおおおおっ!!」


 助けに入ろうとも思ったが、ラッツの反応がギリギリ間に合った。


猛剣もうけん捨斬じゅうざんっ!」


 なるほど、この乱戦の中、剣を投げるか。

 ムシュフシュの頭部に突き刺さったラッツの剣。しかし、ラッツは自らの武器を手放してしまったとも言える。これではハンの危機を救えても、ラッツ自身が危険になる。目の前にいるゴブリンチャンピオンに、どう対応するというのか。

 ――だが違った。彼は、そんな浅はかな決断をしなかったのだ。


双猛剣そうもうけん双捨斬そうじゅうざんっ!」

「うお?」


 今度はハンがラッツの危機を救ったのだ。

 そう、己の武器を投擲武器として使って。

 ゴブリンチャンピオンの背に突き刺さるハンの双剣。

 この時、ラッツは既にゴブリンチャンピオンの背に回り込んでいたのだ。

 ラッツがその双剣をゴブリンチャンピオンの背から引き抜き、ハンは背にいたムシュフシュの頭部からラッツの剣を引き抜いたのだ。


「武器交換……」


 正直、咄嗟の判断とは思えない程、見事な連携だった。


「おっしゃああ!」


 ハンはラッツの剣を振るい、


「はぁあああっ!」


 ラッツはハンの双剣を振るった。

 見入ってしまった。ポカンと阿保面あほづらを晒す程に。

 モンスターたちは狙いが外れ、一瞬何が起こったのか理解出来ていなかった。

 この隙を逃す程、後方の魔法使いたちは甘くない。


「「プロテクションッ!」」


 アリスとキッカが、この階層で一番厄介なマスターゴブリンに簡易結界魔法を放つ。動きが制限されたマスターゴブリンが二体いるだけで、戦闘は格段に楽になる。

 全員一丸となり、他のモンスターを倒し、プロテクションが解けるタイミングを見計らって、ラッツとハンが中のマスターゴブリンを始末する。

 凄いな、魔法が解除される時間まで頭に入れてるのか。


「「はぁはぁはぁ……」」


 全員が肩で息をするも……彼等はやり切った。


「お見事です、波を乗り切りましたね」


 無数に群れていたモンスターたちの猛攻を、何とかしのぎ切ったオリハルコンズ。周囲への警戒を解かないよう、各自回復を図る。

 魔法使いにはマナポーションを、前衛の二人にはポーションを。

 互いに背を預けながら交代に。


「ポーション残り七、マナが四だ」


 ハンの申告を聞き、ラッツが頷く。

 そしてラッツはパーティメンバーに対し、何かの確認をとるようにもう一度頷いたのだ。三人から同意の相槌を得たラッツが俺に向く。


「ふむ……デューク殿」

「何でしょう?」

「どうやらここまでのようです。我々オリハルコンズはここで引き返します」


 冒険をしつつ無謀を起こさない引き際をここと見たか。

 確かに、もう一度同様の波がきたとしても乗り越えられる。

 だが、もし乗り越えた場合、その回復用ポーションは全てなくなってしまうだろう。そこから引き返したらもう遅い。この段階がベストなのだ。

 うーん、こういうところは【青雷せいらい】も見習って欲しいのだが、彼等は完全に保守的になってるからなー。

 ここに関してはオリハルコンズの勝ちといったところか。

 彼等はそんな事、気にもしないだろうけどな。


「わかりました、戻りましょう」


 その後、オリハルコンズは四階層へと上がり、来た道を戻りながら一階層まで戻った。


「ポーション残り、マナがいちだな」


 ハンの言葉を聞けば、あの時のラッツの判断が正解だった事がわかる。

 いやー、何とも絶妙な判断だった。

 やがて、遠目に外の光が視界に入る。

 外に出た彼等は、その場に腰を下ろし大きく一息吐いた。


「あぁ~~……しんどっ」

「あはは……私も凄く疲れました」


 キッカの言葉にくすりと笑ったアリスの表情には、確かに疲労感が色濃く見えた。


「ランクSダンジョン難し過ぎるだろ……」


 愚痴をこぼすハンと、


「これを踏破するパーティがいるんだな」


 ダンジョンの入り口を眺めながらラッツが言う。

 すると、キッカがその入り口を指差したのだ。


「いつか攻略してやるわよっ」

「はいっ、勿論です!」


 アリスも乗り気である。


「その前にエールだ!」

「乗った!」


 ハンの打ち上げ宣言にキッカが乗り、


「いつかまた、だな」


 ラッツが苦笑しながら再度ダンジョンの入り口を見た。

 少し見ない内に、逞しくなったものだと思いながら、俺は査定官としての仕事をこなす。羊皮紙に書かれた「四階層レベル」という文字。

 五階層の攻略をしたのは【青雷せいらい】と【ガーディアンズ】。

 青雷は五階層の攻略と同時に引き返し、ガーディアンズは六階層の途中で引き返した。

 そして、この【オリハルコンズ】は五階層の途中で引き返す事を選んだ。


「皆さん、お疲れ様でした」


 そう、終わってみれば、オリハルコンズは暫定三位という好成績を修めていたのだった。

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