その358 ナカミ

「リィたん、また無言だったね」


 それは、イヅナ、バルト、ドマークが帰った後の話だった。終始無言を貫いていたリィたんは、腕を組みながら何やら考え事をしている様子だった。

 正直、写真を撮って保存したいくらいにはサマになっていた。


「ずっと考えていた」

「何を?」


 ナタリーが小首を傾げ聞く。


「ジェイル」

「何だ、リィたん?」

「レックスの変貌とミックの変貌。これは同じものだと思うか?」


 なるほど、勇者の中に初めから何かいたのであれば、俺の中にいる何かに近づけると判断したのか。


「ふむ、考えた事はなかったが……似ていないと言えば嘘になるな」

「え、それってつまり、ミックの身体が勇者のモノだから、勇者の二面性の残虐なやつが残ってるって事?」


 要約したナタリーにジェイルが頷くも、


「……だが、やはり違うような気もする。勇者レックスとの会話は少なからず成立していた。それに、何かしら目的があったようにも思える。対してミックの変異はもっと純粋なナニカだった。本質的な破壊や殺戮そのもののような……」


 本人が目の前にいるというのに、オリハルコンの剣並みに鋭い言葉である。

 そんな俺をちらりと見たジェイルが言う。


「私も陰口みたいな事を言いたくないからな」


 どこかで聞いた事のあるような言葉だ。

 いや、待てよ? ジェイルは最早もはや剣聖レミリアの師と言っても過言ではない。きっとこの前の会議で俺の「陰口」発言によって大ダメージを受けたレミリアが、ジェイルに相談したのかもしれないな。

 結局、今回の会議はイヅナとの情報共有、そして俺の中身についても牛歩更新と言わざるを得ない。

 リィたん、ジェイル、俺が立ち上がり会議室から出ようとすると、


「ミックはここ」

「え? あ、はい」


 記憶に新しい光景だ。

 あの時はナタリーの位置に俺が座り、俺の位置にエメリーが座ってたはずだ。

 しかし、これは一体?


「どうしたの、ナタリー?」

「問題が起きたの」

「ナタリーがそう言うくらいだから結構深刻って事? あぁ、まず何の件で?」

「う~ん……戦後処理?」


 聞き返されてしまった。

 しかし、戦後処理とは穏やかではない。

 書類仕事は俺とロレッソで粗方片付けたし、残っているとしたら実務的な何かだ。


「ドマーク商会の件なんだけど」

「ドマーク商会?」


 今回の戦争、ドマーク商会が関わってたとしたら、リーガル国のリプトゥア国遠征だけじゃないのか? むしろ、ミナジリ共和国と接点なんてあっただろうか? ……ん?


「……もしかしてあの『なんちゃって盗賊』の件?」

「そう、その件」


 深い溜め息と共に言ったナタリーは、どこか面倒臭そうだった。

 なんちゃって盗賊とは、リーガル国のブライアン王が、リプトゥア国のゲオルグ王に物資を要求され、くれてやるのは嫌だからと、その物資を俺たちに奪わせたアレである。

 確かに、その輸送任務を任されていたのはドマーク商会のドマークである。

 リーガル国に聖水路を敷くという破格条件を勝手に突き付けたのがまずかったか? だけど、アレがあれば流通はもっと便利になるし、別の問題?


「今、リーガル国から調査団が向かってるの」

「何の?」

「盗賊の犯人捜し」

「何でミナジリ共和国に?」

「それがわかったらミックに相談してない」


 確かに、ナタリーの実務能力はエメラ譲りだし、思い切りのよさは魔界で嫌って程学んでいる。正直、事務方を任せればナタリーの右に出る人間なんて、ロレッソかシュバイツくらいだろう。それ以上に最近メキメキと魔力も強くなっている。サッチからの情報ではランクCのモンスターなら倒せるって話だし、正直勇者エメリー以上に怖い存在だとも言える。

 そんなナタリーが困っているのだ。仲間として助けない手はない。


「わかった、とりあえずドマークさんに話を聞いてみるよ」

「うん、ごめんねミック」

「謝るなよ。上にあげるべき当たり前の仕事、だろ?」

「……うん、だね。ありがとう、ミック」

「ん、それでよし」


 ナタリーの頭にぽんと手をのせた俺は、その足でドマーク商会に向かった。

 結果から言うと、ドマーク商会にドマークはいなかった。

 無駄足ではない。聞いたところによると、今彼はリーガル国でなくミナジリ共和国にいるというのだ。

 魔法文明の利器【テレフォン】を使えばよかったとか思いながら、ミナジリ共和国のドマーク商会に向かった。


「「さっきぶりですな、ミケラルド殿」」


 まさかバルトと一緒とは……って、まぁさっきイヅナの話に付き添ってたから不思議ではないか。


「いかがされたのです? 先の話に何か進展でも?」

「あいえ、会議の後ナタリーに聞いたんですけど、何かリーガル国の調査団がこちらに向かってるって聞きまして」

「調査団?」


 ドマークが首を傾げる。

 すると、バルトがドマークに言った。


「ドマーク殿、もしや今しがた話題に出てたあの御方の事では?」


 バルトの口ぶりからして、「あの御方」とはかなり高貴な人のようだ。

 それを聞くなり、ドマークがハッとする。


「あの御方とは?」


 首を傾げる俺に、ドマークが困り顔で言った。


「実は、ブライアン王にあの一件の調査を任された方がおりましてな……その名をルナ・フォン・リーガル。リーガル国の姫君にございまして……はい」

「その姫がここに向かってると?」

「調査団というからには、可能性が高そうですなぁ」


 歓待の準備だけでも出費がとんでもないんだけど……冒険者やりながら各国を歩き回ってる俺だけは、それを言っちゃいけない気がした。

 がしかしブライアン王の娘か。噂には聞いてたがどんな人なのか。

 どちらにせよ、調査してここに行きついたからには、優秀である事は間違いないだろう。

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