その345 救世主

 ゲオルグ王を見送った俺は、トンネルを元に戻しながら要塞へと戻った。

 リプトゥア軍が敗走した事を知らせると、オベイルが豪快に笑った。


「かかかか! 快勝快勝!」

「いえ、まだこれで終わりじゃありません」

「あぁ、そういやまだやる事があるんだったな。で、あれはどうするんだ?」


 オベイルが親指で要塞の外壁上にいる剣闘士含む元奴隷たちを指差す。


「先程ドゥムガに指示を送っておきました。もうすぐ食料が届くはずです」

「四万人超の食料なんてどうやって用意したんだよ?」


 オベイルがそう聞くと、イヅナが答えた。


「なるほど、リプトゥア軍の食料をそのままいただくという事か」

「そういう事です。ドゥムガの哨戒部隊が物資を確保してます。一週間程はそれで持つでしょう。その後は各国からの援助をお願いしています。リィたん」


 イヅナへの返答の後、ミケラルドはリィたんに向く。


「何だ?」

「ドゥムガがきたらダークマーダラーたちに指示を。ここを一時キャンプ地にする」

「うむ。後はこのテレポートポイントだな?」

「そうそう、そこに後で奴隷の人たちが転移んでくるから」

「承知した」

「それと、ジェイルさん」


 すると、ジェイルが頷く。


「わかっている。彼らに説明、だな?」

「ありがとうございます」


 最後に俺はオベイルとイヅナを見た。


「ボン、ここはいい。行け」

「あそこの冒険者たちには適当に言っとけばいいんだろ?」


 俺が倒した千人規模の冒険者たちは、まだ戦場に残り、ノビていたり、【フェロモン】の効果を受けたままである。それをお願いしたかったのだが、どうやら彼らはわかってくれていたようだ。


「さて」


 俺は、上空にある光源――と言っても、その光源自体を光魔法【歪曲の変化】で見えなくしているんだが、それを回収した。これは【テトラ・ビジョン】の核であり、現代地球的に言えばカメラに該当する。

 ナタリー、ジェイル、リィたんが向かった魔族四天王【スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル】の屋敷にあったという【水晶】は、リィたん曰くギルド通信のようでそうではなかったとの事だ。

 スパニッシュから引き出した【映像】という言葉を聞いた時、俺は確信に至った。この世界には俺以外にも転生者がいると。だからこそ、俺はその【映像】という存在を知った時、すぐに魔法制作にかかった。先駆者がいるのであれば、作っても問題ないという結論。逆に転生者がいなければ、それを作る事は諸刃の剣と言える。

 映像通信なんて技術、この世界で作ろうと思ったら、よっぽどの知識がない限り魔法で代替する他ない。

 転生者が何をしたいのかはわからないが、この世界を覗き視ている事は間違いない。【ギルド通信】でさえも盗聴機能が付与されていた。ならば、ナタリーたちとスパニッシュの対峙も視ていたという事。

 今はそれを調べる余裕はないが、いつか必ず見つけ、同郷の話に花を咲かせたいものだ。まぁ、そりが合うとは限らないけどな。

 さて、クロードから失敗の連絡が入らないという事は、【テトラ・ビジョン】は上手く稼働しているという事だ。

 ナタリーはエメリーの回復のため一度戻ったって情報は入ったけど、リプトゥアにはエメラとカミナがいるはずだ。まずはその二人と合流だな。

 ゲオルグ王が馬を飛ばして三日……いや二日半ってところか。

 それまでリプトゥア国の奴隷を、可能な限り解放しようじゃないか。

 そしてリプトゥアの紅茶製造技術を我が国のモノに……おっと、本音が出てしまったな。ふふふ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 首都リプトゥアのミケラルド商店の候補地。

 ここで店を開く時は本当に来るのだろうか。

 そう思いながら転移した俺を待っていたのは二人の男だった。


「ロレッソ、ドノバン、お待たせ」

「「ミケラルド様」」


 胸に手を当て、目を伏せて俺を迎えたのは過去リプトゥア国で働いていた二人。


「首尾は?」


 俺の質問にドノバンが答える。


「エメラ殿とカミナ殿がリプトゥア中を回り、奴隷への伝言を開始。奴隷同士のネットワークにより波状的に情報は拡散するでしょう」

「わかった。第一陣は今夜だな」

「左様にございます」

「よし、ドノバンは以降リプトゥアの村々を回れ」

「かしこまりました」

「ロレッソ」


 ドノバンが消えると、次に俺は元重罪奴隷だったロレッソに話を聞く。


「はっ、こちらがリプトゥア城の見取り図です」


 そう、要所にも必ず奴隷がいる。

 その作戦室の室長だったロレッソは、その全てを把握している。

 一般奴隷ならばともかく、王城にいる奴隷はそう易々と外へは出られない。

 俺は先んじて彼らを助けに行くのだ。


細々こまごまとした建物については、ミケラルド様が戻り次第お伝え致します。例の魔法は完成を?」

「大丈夫、【探知】を少しだけ改良したらすぐだったよ」


 俺はフードを被って顔を隠し、扉に手を掛ける。


「何よりでございます。ではお気をつけて」


 ロレッソが頭を下げ見送り、俺が外に出ると、我が家の見張り役の騎士二人がこちらを見た。

 でも、彼らは既に俺が血を吸っている。


「ん、お疲れ様ー」

「「行ってらっしゃいませ、ミケラルド様」」


 そのままリプトゥア城に向かい侵入した俺は、ロレッソの言っていた魔法を発動した。

 風魔法の【探知】に、魔法の属性識別機能を加えた【魔法探知】。これにより、闇魔法に属する奴隷契約者の所在が簡単にわかるという優れもの。【探知】の弱点である地下の反応すら探れるので、今後は色々と楽になるだろう。

 後は単純に人海戦術あるのみである。


「はい、お嬢さん。ちょっとお時間あります?」


「そこの者、ちとこちらへ来るがいい」


「飴ちゃんいる?」


 など、様々な人物を演じ、王城の奴隷を解放し、テレポートポイントを持っているリィたんの下へ送る。送られた人々は、リィたんやジェイルに迎えられ、四万五千人の元奴隷たちと対面している事だろう。

 城内は、先の【テトラ・ビジョン】の影響で騒然としており、混乱の中、警備の目を掻い潜るのは非常に簡単だった。


「あぁ~~~……疲れた」


 王城内の奴隷ネットワークも中々のもので、ある程度団体で解放する事も出来たのだが、基本は一人一人探さなくてはいけない。体力というより精神的に削られていく感じがする。

 夜になればラジーンたちが協力してくれるから楽なんだけど、王城内ともなればそうもいかない。ここだけは俺一人でやるしかないだろう。


「さて、最後の反応は……?」


 ……尖塔?

 まさか囚われの少女とか姫とかいるの?

 とか、心をワクワクドキドキさせていたら、そんな幻想は一瞬で打ち砕かれた。奴隷じゃないな。【魔法探知】はこの尖塔の扉に反応している。

 ただの鍵ではない。魔法による施錠。

 つまり、ここは……リプトゥア国の宝物庫か何かだろう。

 今、俺の頭の中には「覗きますか?」という表示が出てやまない。

 選択肢に至っては「はい」か「YES」か「勿論」しかないのだ。


「失礼しま~す♪」

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