その323 闇喰らい

 黒より深き黒が重罪奴隷のロレッソを包み、透り抜けて行く。

 ロレッソは一瞬白目を剥き、肩を抱きながらその場に膝を突く。


「おい、大丈夫かっ?」

「ふっ……ふっ……!」


 荒い息遣いのみで、ロレッソからの反応はなかった。


「おいっ!」


 やはり失敗……?

 いや、そんなはずはない。しっかりと奴隷の焼き印が消えている。

 これで上手くいくはず。問題ないはずなんだ。


「なるほど……そういう事ですか……」


 脂汗を滲ませたロレッソは、自分自身で確かめるように言った。

 どうやらもう苦痛はないようだが、十数秒間彼が苦痛に悶えた事は確かだ。


「……この【闇喰らい】、闇魔法の中に光魔法をブレンドさせていますね?」

「え? あぁ。焼き印も消したいだろうし、回復魔法を入れてる」

「それが苦痛の原因です」

「嘘?」

「ですが、ミケラルド様のその判断は正しい。でなければこの焼き印が消える事はなかったでしょう」

「そうなんだよ、時間が経過し、自然治癒で塞がった傷は回復魔法が反応しない。だから闇魔法で身体を透過して、回復魔法を同時に発動すれば、体内から回復出来ると思って……ん? 何でそれで苦痛が出るんだ?」

「私が感じたのは痛み。それは、焼き印を捺されたあの感覚が蘇っただけの事」

「つまりフラッシュバックか」

「そういう事です。そのままで問題はないでしょう」


 それはそれで問題では? 奴隷契約を解除する代わりに、奴隷契約時の痛みが再度やってくるなんて、俺からしたら涙目なんだけど?


「それを差し引いても、奴隷たちは涙して喜ぶでしょう」


 涙の意味が違い過ぎて泣ける話だ。


「それに、これを使う事によって戦線を一時的に止められると考えれば、非常に有用と考えるべきです」

「確かに、一時的な効果……と考えれば」


 そもそも、何の効果もなくただ解呪したとなれば、まったく気づかずにこちらに突っ込んでくる可能性がある。ならば、一時的にダメージを与え、その動向を見守った方が正解か。


「コバック、念のため契約解除の確認を」


 その後、コバックのいくつかの命令を見事に断って見せたロレッソは、俺に微笑んでからゆっくりと膝を折った。


「我があるじ、ミケラルド様。私に命令出来るのは貴方のみ。どうぞ何なりとお申しつけ下さいませ」


 今にも足の甲にでもキスしてきそうな勢いのロレッソ。

 彼の事を全て信用した訳ではないが、リプトゥア国を見限っている事は確かのようだ。さて、俺がリプトゥア国でやる事はもう終わった。

 ここからは時間が許す限り対策するだけである。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「確たる証拠がない?」


 ミナジリ共和国に戻り、ロレッソにリプトゥア国のゲオルグ王の事を尋ねると、ロレッソは彼の知る全てを教えてくれた。


「えぇ、作戦室の元室長である私でさえも、ゲオルグ王が魔族と通じている証拠を掴む事は出来ませんでした」

「というかロレッソ、そんな事調べてたのか」

「かねてより強引なやり方をしていたリプトゥア国ですが、勇者エメリー殿に対するあの態度は異常とも言えました。そこで、私は情報の収集を始めたのです」

「それがバレた、と」

「王に疑いを持つ事はリプトゥア国では重罪。私は毒殺に見せかけられ殺された騎士ダリアンを殺した犯人として汚名を着せられたという次第です」


 ロレッソの言う重罪とは、公式オフィシャルな罪という事ではなく、ゲオルグ王が罪と断じるという事だろう。とんでもない王もいたものだな。いや、前々からとんでもない片鱗を見せつけられてたけどな。


「……この辺りで情報をまとめようと思ってたところだ。ある人物をここに呼んでいる。もしかしたら顔見知りかもね」

「ある人物……といいますと?」


 直後、会議室の扉が開かれる。

 扉を開けた男は、ロレッソを見るなり目を見開いた。


「やれやれ、とんでもない男がこちらに付いたようだな」

「なるほど、彼が既にミナジリ共和国の手中にあったとは驚きですね」


 やはり、互いに顔見知りという事か。


「久しいですね、ドノバン、、、、


 ドノバン――かつてリーガル国のブライアン王の弟アルフレド公爵の側近であり、その後、ギュスターブ辺境伯の息子、ギュスターブ子爵であるアンドリューの側近となり、リーガル国を引っ掻き回した男である。

 ラジーンを雇い、俺、ジェイル、リィたんを待ち受けるも敗退。

 俺がブライアン王に許可を取り、ミナジリ共和国の労働力としている存在は、俺にどんな情報をもたらしてくれるのか。


「久しぶりだなロレッソ。リプトゥア国では誰もが噂していたぞ。『陛下に消された』とな」

「消されるところをミケラルド様に助けられたのですよ」

「主君の鞍替えとは尻軽な作戦室長もいたものだな」

「主君を二股する老害に言われたくありませんね」

「その若作りが通じるのはもう二、三年だろう。若くして、優秀と言われたのは、はて何年前の事だったか?」

「【魅了】が取り柄のあなたには縁のない話でしょうね。そういえば、暗部のあなたが成果を上げたのは何か月以上前の事でしたでしょうか?」


 果てしない罵り合いが続く中、俺は思った。

 通常、この手のやり取りは途中で誰かが止めるのが世の常である。

 しかし、俺は思ってしまった。

 現在この会議室にはこの三人しかいない。

 このやり取りの行く末を見てみたいと思ってしまった俺は、はたしてどうしたらいいのだろうか。

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