その303 女の子の成長

「はぁああああ~~~~~……」


 地獄の底よりも深い溜め息だな。


「まぁ、その時がくるかどうかわからないので、忘れてくれても構わないですよ」

「忘れた頃にくるんだぁ……」


 ドジっ子の勇者エメリーとは正反対で、聖女アリスは冷静だな。


「聖女って大変ですね」

「代わってくれますぅ……?」


 正直、【聖加護】という能力だけならば、俺でも代わりは出来るだろう。

 だが、聖女には別の意味と役割があるように思える。


「無理ですねぇ」

「ですよねぇ……」


 たとえば、俺が勇者エメリーの後ろに立ち、魔王と対峙した時、勇者の力を完全に引き出せるか……と聞かれれば、YESイエスと答えられる自信がない。仮に俺が勇者と聖女の血を吸ったとして、それが成るとも思えない。

 この世界の根本、システムのようなものが、きっとそれを邪魔するのだろうというのが、俺の現段階での判断だ。

 魔王のライバルは、勇者。そして勇者のそばには聖女。

 これが崩れるとは思えない。

 これが崩れるような状況だとしたらそれは…………――。


「さぁ、打ち上げです。明日もこの流れでいきましょう」

「ダンジョンに潜ったり依頼消化したりするより、この戦略ストラテジーゲームの方が疲れる気がするのは気のせいでしょうか……」

「いやぁ、どんどん成長しますねぇ♪」

「誰のせいなんでしょう、ホントに」


 おっと、聖女の視線が痛いぞ?


 ◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆


 ミケラルドさんと別れ、ホーリーキャッスルに帰るなり、私は皇后アイビス様に呼ばれた。

 厳格なアイビス様だけれど、どこかいつもと違うような、そんな印象を抱くのは気のせいだろうか。


「ランクSのダンジョンへの侵入を始めたそうね」

「はい、ようやくパーティが見つかりまして……」

「相手が一人でパーティかえ?」

「あ、いえ。そうなんですけど、私がいればパーティです、はい」


 あれ? 厳しい印象がない。

 ほんの少し笑っている? 一体何故?


「であれば、SSダブル以上の冒険者かのう? その者の名は何と申すのじゃ?」

「はい、ミケラルドさんです」

「ほぉ、最近名を上げている、、、、、、、と聞くが、剣士かえ? それとも魔法使いかのう?」

「えーっと……たまに剣は使ってます。でも主な武器は手甲で……魔法もよく使いますね。話術も巧みで、臆病なのか豪胆なのか、本当によくわからない性格をしています」


 私がそう言うと、アイビス様はくすりと笑った。


わらわはそこまで聞いておらぬぞ?」

「あ、いえ! す、すみません」

「じゃがそれでいい」

「へ?」


 すると、アイビス様は私の目を真っ直ぐ見てから微笑んだ。


「良いか悪いかは其方そちが決める事。もっとも、今は其方そちの心が先走って決めているようだのう」

「えっと……それは一体どういう意味でしょう?」

「かつての自分を思い出してみるがいい。妾が先のようにパーティメンバーの素性を聞いた時、其方そちはなんと答えた?」

「え? ……さっきみたいに――」

「名前以外は出てこなかったはずだがのう?」

「へ? そ、そうでしたか!?」

「なるほど、良いか悪いかはともかく、其方そち其方そちとして見る冒険者のようだのう」

「あ……」


 そういえば私、ミケラルドさんに聖女とか子供って言われるの……嫌じゃない気がする。あれ? どうしてだろう?


「パーティとはくあるべきものよ」

「どういう事なんでしょう……」

「本音と本音でぶつかりあい、時には衝突し、時には互いに認め合う。それが出来なければパーティではない。ただの寄せ集めよ」


 アイビス様がこんなに長く喋るの……初めてかもしれない。


「で、でもあの人の目には打算とかありますよ! 絶対!」

「ほっほっほっほ、良き駆け引きも出来ていると見える」


 笑った。

 あのアイビス様が、こんなに大きく笑った……。


「殻にヒビくらいは入ったようだのう」

「へ?」

「こちらの話よ」

「アイビス様を通り越してあっちに行ったりしてませんか?」

「左様、こちらの話よ」

「それは良かったです!」

「ふふふ、悪きパーティメンバーではないようだのう。どうじゃ? 楽しいか?」

「え? え? どうなんでしょう。ただ明日は三階層まで侵入するって言ってたし、それ以外にもモンスター討伐しますし、あ、後ゲームもするんですよ! これが物凄く難しくて性格悪くて、負けたら私に罰ゲームさせるって言うんです!」

「ほぉ、ゲームとな?」

「そうなんです! 土塊操作で作った土人形を壊してくだけのゲームなんですけど、それが何と動くんです! 私の身体にそれが触れたら私の負け、全部壊したら私の勝ちなんです! わちゃわちゃ迫って来る土人形を魔法か攻撃で壊すんですけど、数が二十体から三十体、三十体から四十体に増えていくから大変なんです! レベル4から二発入れなくちゃ壊れない土人形とか出て来て! あ、レベル3までは全部一発で倒せるやつです! 私それ言ってなかったですよね!? かく、レベル5からは迫って来る土人形の表情がいやらしくなって、手つきも何か気持ち悪いんです! 必死でそれを壊したのに、レベル6では土人形の顔を全部私にしたんです! ホント、趣味悪いですよ、あの人!」


 と、言い切ったところで思い出した。

 そうだった、私は今、法王国の皇后アイビス様の前にいるんだった。

 目を丸くしたアイビス様は、いつの間にか立ち上がっていた私を見上げ、一瞬の間の後……また大きく笑った。


「ほっほっほっほっ! 愉快だのう! これ程までに聖女アリスを熱くさせる者か! 面白い、面白いのう!」

「あの、私……変な事言っちゃって……すみません」

「よい、其方そちの成長が何よりじゃ。ふむ、そうだのう。……そのミケラルドの都合がいい時で構わぬ。妾の下にミケラルドを連れて参れ」

「……え?」


 その時、私は疑ってしまった。

 法王国の皇后アイビス様を。

 あの人をホーリーキャッスル内に入れるとか正気なのか? と。

 きっと私はその時、過去一番引きつった笑顔をアイビス様に見せた事だろう。

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