その300 オリハルコンズ

「これはミケラルド様、アリス様をお送りに? 何とお礼を申せばいいか……ん?」


 そう言ったのは法王国、ホーリーキャッスルの門番。


「へ?」


 そう言ったのは俺をミナジリ共和国の元首と知らない聖女アリス。

 俺は口元に人差し指を持っていき、門番に見せた。


「先日の依頼ではお世話になりました。こちらを」


 言いながら門番に二通の手紙を渡す。

 一通目は剥き出しの手紙。内容は聖女アリスに俺の身分を伏せる事。その理由である。

 もう一通は法王クルスと皇后アイビスへの手紙。内容は似たようなものである。


「あー……そういう」


 剥き出しの手紙を読み、コクコクと頷く門番に、俺はニコリと笑いかける。

 俺が聖女アリスに正体を隠す理由は簡単だ。

 一つはバレた時が楽しみな事。もう一つは、短時間なりとも聖女アリスと構築した関係を崩したくないからだ。そして最後に、バレた時が楽しみなのだ。

 聖女アリスは一体どんな反応をするのか。また一つ、大人の狡猾さを学んでくれる事を願い、俺は黙っているのだ。楽しみはおまけだ。

 ただ、昨今の現代地球ではおまけがメインという事もよくある。食玩なんかはまさにそうだろう。


「今の手紙は何ですか?」


 アリスが聞く。


「以前受けた依頼の件で、別途進捗があったのでご報告までにお渡ししただけです」

「エェ、ソノトーリデス!」


 ニカリと笑う門番が棒読みである。


「今後は彼女とパーティを組む事になりましたので、またお会いする事もあるかもしれません。何卒、宜しくお願いします」

「ハイ、カシコマリマシタ!」


 そこはスラスラっと言えよ。

 これじゃアリスにバレて――ん?

 アリスは棒読みの門番を見ず、俺の顔を覗き込んで言った。


「今のミケラルドさんはどちらのミケラルドさんですか?」


 真顔で俺をののしったのだ。


「ちゃんとしたミケラルドもご用意しておりますよ、お嬢さん」

「是非明日からもそのミケラルドさんを用意しておいてください」

「本当にそれでよろしいので?」

「勿論!」


 なるほど、聖女アリスは真面目なミケラルドをご所望だ。これは頑張らなくてはいけないな。

 その後俺は、適当に買い物を済ませ、法王国に買った土地からミナジリ共和国へ帰ったのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「おはようございます聖女アリス様! さぁ、荷物をお持ちしましょう。あ、そうだ。靴でも舐めましょうか?」

「…………それのどこがちゃんとしてるんですか?」

「してません?」

「荷物を持つところまではギリギリ理解出来るんですけどね」

「持ちます?」


 俺が手を差し出すと、アリスはツンとした様子で俺を横切った。

 そして、また背を見せながら言ったのだ。


「持たせたら仲間とは呼べませんからっ」

「確かに、たとえ靴でも仲間を嘗めちゃいけませんよね」

「んもう! 少しは真面目に受け取ったらいかがです!?」

「恥ずかしそうにされてたので、真面目に受け取ってはアリスさんが更に恥ずかしくなってしまうと思っただけですよ」

「そ、そんな事ありません!」

「では次からは気をつけます」

「へ? あ、はい……」


 真面目に答えたからって、そんなに目を丸くせんでもいいだろうに。いや、これまでがふざけ過ぎたか。

 まぁそれはアリスに冒険者に馴染んでもらうためのものだ。多少抑えつつも小出しにしていこう。


「変な事考えてる顔ですね?」

「ついに後の先を習得しましたか」

「たまに顔に書いてありますから」


 マジかよ。


「『マジかよ』」


 すげえ。


「『すげえ』」


 いないいないばあ。


「……心の中でもふざけてません? あと、凄く子供扱いしてるように感じました」


 凄いな、宗教とか始めて教祖とかやればいいんじゃないか? そして聖女とか呼ばれてチヤホヤされて、調子にのって世界征服とかしたら面白いのに。


「流石に何を考えてるのかわかりませんが、凄くくだらない事だって事はわかりました」

「聖女をやる気はありません?」

「不本意ながら物心つく頃から聖女と呼ばれてます」

「くっ、神様に先を越されるとは……!」

「そんな恐れ多い事、よく考えられますね? ところで今日はどこに行くんですか?」

「ダンジョンの二階層を目指しますよ?」

「え、早くないですかっ?」

「大丈夫です。頼りになる後衛がいますから」

「っ! 褒めても何も出ませんからっ!」


 はて? 別に褒めたつもりはないんだけどな。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「支援魔法お願いします!」

「は、はい! パワーアップ!」

「ナイス! よっと!」


 一階層はダブルヘッドセンチピードのみってところが残念だ。もっと戦略性溢れる戦闘を経験したいところなんだが。


「ちょっとミケラルドさん!」

「へい?」

「昨日より弱くなってませんか!?」

「パーティで戦闘しますからね。エメリーさんくらいの実力に抑えてますよ?」

「エメリー? もしかして勇者エメリーさんですか!?」

「ええ」

「ミケラルドさん、会った事あるんですか!?」

「以前少し」


 今はミナジリ共和国の食客してるとは言えないよな。


「エメリーさん、前までちょくちょく法王国に来てくれてたんです。でも武闘大会以降はリプトゥア国が……」


 という事は皇后アイビス、もしくは法王クルスが彼女に勇者の現状を話してる訳か。

 幸いここはダンジョンだし、人の目に触れる事はない……か。


「アリスさん、ちょっと質問いいですか?」

「へ? 何でしょう?」

「勇者と聖女について」


 勇者に力を与える聖女。

 それは世界が知る事実。しかし、聖女しか抱えていない事もあるはずだ。

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