その298 聖女の特訓

「その【聖加護チェッカー】って魔法はミケラルドさんしか使えないんですか?」

「多くの魔力を使うので、魔導書グリモワールに入れたとしても使いこなすのは難しいでしょうね」

「そうなんですか……」

「まぁ私が使えますし、そこまで気にする事はありませんよ」

「でも、ミケラルドさんにも生活があるでしょう?」


 生活というか、国なんだけどね。

 どうやら彼女は俺がミナジリ共和国の元首だと気づいてないみたいだし、ここはただの冒険者として接していこう。ミケラルド商店の法王国店に着手するいい機会だし、選定人の依頼がいつあるかわからないから、ここを拠点にするのも悪くない。どうせミナジリ共和国には一瞬で戻れるしな。


「そんな事気にしてる場合ですか。さっさと打ち上げしましょう」

「打ち上げって、本当にするんですか!?」

「え、いつもしないんですか?」

「無理矢理入ってたようなものなので……」


 なるほど。

 聖女特権でパーティに加入し、冒険が終わったらパーティ脱退。そりゃ冒険者たちから疎まれて当然か。

 だが、それはあくまでも客観的な事実だ。

 聖女アリスだって本意じゃないはず。それが本意なはずがないんだ。

 この子は子供。俺たちの世界とは違う子供なのだ。教育機関もまともとは言い難いこのファンタジーの世界で生き、何を成せばいいのかわからないまま命のやり取りの世界に飛び込み、命からがら帰ってきたその場所。きっと、一刻も早く逃げ出したかっただろう。

 ランクも上がりようやく慣れた頃には、それがただのルーティンに変わるだけ。

 そんな子供なのだ。

 楽しく自由に生きている冒険者にわかるはずがない。

 使命と宿命に縛られた彼女は、どうしようもなく不自由なのだから。


「じゃあ無理矢理にでも付いて来てくださいよ」

「そういうのは無理矢理っていいません!」

「なら無理にでも連れて行きます」

「誘拐ですか?」

「そう受け取ってもらっても構いませんよ?」


 俺が軽い口調でそう言うと、アリスは少しだけ苦笑し、少しだけはにかんで笑い、少しだけ溜め息を吐いてからトコトコと歩き始めた。

 そして俺を背にし、大きく深呼吸してから言った。


「い、言っておきますけど、私、お金ありませんからね!」

「え?」


 俺の疑問に、アリスがバッと振り返る。


「え、え? やっぱり必要でしたか!?」


 あわあわと焦るアリスは、小さな身体をわたわたとさせながらおろおろとしている。


「もしかして、お小遣い制?」

「そ、そうです! でもそのお小遣いも冒険の道具を買うのに全部使っちゃって……その……」


 皇后アイビスが、何より彼女を子供扱いしているが、これではアリスの成長に繋がらないのでは?

 あの人は一体何を…………いや?

 もしかしてこれがアイビスの狙いなのか。

 だとしたらアリスとしてももどかしい状況だろう。

 なるほどね、アイビスはアリス自身に殻を破らせようとしているのか。元聖女らしい試練だ事。

 当然、俺としても彼女に奢る事なんて簡単だ。

 だが、それではいけない気がする。同じ冒険者として。


「じゃあ、お金稼ぎに行きますか」

「へ?」

「どうせまだ昼だし」

「行くんですか!?」

「冒険に行くのが珍しいので?」

「そうじゃないです! その、お金を稼ぎに行くってのが。その……馴染みないというか」

「金を稼がずして何が冒険者ですか!」

「は、はい!?」

「いいですか? 冒険者は一に金、二に金、三、四も金で五に金です!」

「お金の亡者じゃないですか!?」

「甘い!」

「ひゃい!?」

「亡者如きに人間の欲が負けるはずないじゃないですか! 金はね! 全てを約束してくれる手形なんですよ!」

「けど愛は! 心は買えませんよ!」

「これだから子供は!」

「んな!?」

「愛や心を育むにも金がいるんですよ! 生まれてすぐの子供を抱く助産師さんにも給料が発生してるんですよ! 母が寝るベッドも! 子供を寝かすゆりかごも! 全て欲の副産物です!」


 段々と青くなっていく聖女アリス。


「この世は欲だらけ……!?」

「だからと言ってお金を毛嫌いしてはいけない」

「どういう事ですか……!」

「お金を愛しなさい」

「は?」

「その年で人類を愛せとか慈しめとか言われても困ると思います。だから、代わりにお金を愛し、慈しみましょう。確かにお金では愛も心も、酸いも甘いも買えません。だけど、大抵の事は出来ます。あなたは新時代の聖女としてお金を愛すべきです」

「……これだから存在Xは……」


 だから存在Xってナニ?


「ミケラルドさんの言ってる事はよくわかりませんが、つまり、冒険者仲間との結束を深めるためにはお金が必要って事はわかりました」


 素晴らしい。早速応用出来ている。

 是非とも逞しく育って欲しいものだ。


「なら、稼ぎに行くのもやぶさかではないです」

「いいですねぇ。魔法でキンキンに冷やしたエールが飲みたくなりました!」

「私はオレンジジュースです!」


 こうしてようやく歩調を揃えた俺たちは、法王国で新たなパーティを結成した。

【聖加護】の使えない聖女と、魔族国家の長がパーティを組んだのだ。

 何とも愉快な話だろう。

 さぁ、ここから始めよう。

 ミケラルドのミケラルドによるミケラルド含む全世界のための……聖女アリスの特訓を。

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