その295 変な存在
◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
「あ、改めまして、アリスですっ!」
これまでの態度は流石に失礼だった。
私はそんな謝罪の意味を込め、深く頭を下げた。
私の冷たくあしらう態度、許可証偽造の言いがかり、彼に大きな手間を掛けさせた連行。そして、この後も。
「あ、えーっと……ミケラルドです。よろしく」
ミケラルドさんは少し緊張した様子で自分の手を見た後、ゆっくりと私に握手の手を差し伸べた。
「よろしくお願いします!」
直後、彼の身体がビクンとビクついた。
その後、彼はピクピクと震えながらゆっくりと手を引いた。
そして、握手した右手をひらひらと振りながら言ったのだ。
「おーいちち……」
彼は何故かその手を痛がったのだ。
「え? 私そんなに強く握ってしまいましたか?」
「あぁいや、そうじゃなくて【聖加護】のコントロールが出来ないって話は本当みたいですね。さっきとは大違い……」
「へ?」
「こっちの話ですよ」
「私に言いましたよね?」
「いいえ、こっちどころかもうあっちにいっちゃった話ですよ。ハハハハ」
不思議と思っていたけど、そうじゃない。
この人ちょっと変だ。でも、私をダンジョンに連れて行ける人は今この人しかいない。少しでも気に入られなければ。
「あ、その作り笑顔変ですよ」
「……」
やっぱり変だ、この人。
普通そういう事言わないよね?
仮にも女の子のなりたいランキングナンバー1の聖女にそういう事言う?
絶対変。おかしい。何なのこの人。
「作り笑顔をする時のコツを教えますよ」
何なのこの人……。
「…………参考までにお聞きします」
「簡単ですよ。『あぁ、この人、今私が作り笑顔してるの気付いてないんだろうなぁ』って思うと、不思議と笑えます」
「それは
「本当の笑いが入るからバレにくいです。テストに出るんで書き留めておいてください」
「……じゃあ、その笑顔は作り笑顔なんですか?」
これくらいの嫌味は言って問題ないと思う。この人なら。
「そうですよ?」
どうしよう、真顔で返されちゃった。
「……こほん、どんな事を考えながら?」
「『やっべ、俺聖女に何言ってるんだろ』って思いながらです」
「それはつまり、自分を笑っているんですか?」
「だって変でしょ。こんな人」
ミケラルドさんは自分を指差しながら笑って言った。
あぁ、この笑顔はきっと、心の底から笑っているのだろう。
この人になら、少しくらい本音で話してもいいかもしれない。
だけど、それは私の気の迷いだった。
「……私、聖女って言われるの嫌いなんです」
「私も言われたくないですね」
そう断言出来る。
「あ、あなたは男でしょう! い、いいから理由を聞いてください!」
「え、面倒なんで嫌ですけど?」
違った、私が本音で話そうと思ったのは彼の笑顔が理由じゃない。
彼が、ミケラルドさんが本音で話してるからだ。
「さっきから思ってたんですけど、初対面の人に随分じゃないですか?」
「だってこの後、二人でダンジョンに潜るんですよ? で、今日は一階層だけだとしても、今後もっと深く潜る事になる。私と、アリスさんで。つまり、二人はこれからそこそこの時間を共にする訳です。だったら最初から本音で話した方が効率的でしょう?」
「徐々に歩み寄るという案は何故あなたの頭にないんでしょうか」
「この同行が確定事項だからですよ」
そんなミケラルドさんの説明を聞いて、私は納得に追い込まれてしまった。
そう、納得するしかなかったのだ。
「……確かにその通りです。私のわがままで通った同行……ですもんね」
「……へぇ」
「っ! その『わがままって自覚あったんだ……』って顔は何ですか!?」
「よかった、ちゃんと伝わってる。いい感じで歩み寄れてますね!」
「私が! 走り寄ってるんです! ミケラルドさんは
「……はて?」
むぅう……妙に堂に入った『はて?』だ。
きっとミケラルドさんは、これまでも多くの人をからかって生きてきたんだ。
変だけど不思議。これから恐ろしいダンジョンに侵入するというのに、この人と一緒なら全然怖くない。
「……着きましたね」
「ダンジョンに歩み寄りましたからね」
「もう! それはもういいんです!」
「ところで、疑問だったんですけど」
「何ですか?」
「このダンジョンに潜ったら【聖加護】の能力のコントロールが上手くいくんですか?」
「……こういう時にそういう事言います?」
「それが目的なんだったら、その目的のために頑張ろうかと」
意外な協力要請に、私は驚いてしまった。
「アイビス殿は何と?」
「……人類を慈しみ愛する事だ、と」
「ダンジョンに人類はいないと思いますけど?」
「な、何かの取っ掛かりになるかと思ったんです! それに! アイビス殿なんて馴れ馴れしいですよ! 皇后アイビス様です!」
「ははは」
「……これがさっき言った
私はじとりとミケラルドさんを見た。
彼は本当にわかりやすく作り笑顔を見せたのだから。
「じゃあとりあえずは潜るって事で」
「あ、ちょっと! 先に行かないでください!」
彼は、本当に変な人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます