その258 新入生

「何と……ご自分で親書を?」


 シェルフの族長ローディは、目を丸くしながら俺を見た。


「経緯を考えたら至極当然なのですが、いささか腑に落ちないところもあり……はぁ~」

「ふふふふ、冒険者ギルド側もさぞかし面食らった事でしょう。はい、確かに受け取りました。今受領書を手配します故、しばしお待ちくだされ」


 そう言いながらローディは小さく手を上げ、背後に控える兵に合図を送った。


「時にミケラルド殿」

「はい、ローディ殿」

「先程、バルトがここへ来ました」


 それだけで彼の意図は読めてしまった。


「もしかして例の魔法ですか?」

「はい。しかし彼を責めないでやってください。バルトはバルトの責務を果たしているだけに過ぎないのです」

「いえ、最初からローディ殿の耳に入る事は想定しておりました。それを踏まえた上で彼にあの魔法を託したのです」

「……それを聞き安心しました」

「では、メアリィ殿もそこから向かった方が良さそうですね」


 俺が苦笑しながらそう言うと、ローディは静かに頷いて答えた。


「大事な孫です。シェルフが比較的安全とはいえ、道中に危険がないとも限りませぬ。是非ミケラルド殿の許可を頂きたく」

「あれはもうバルト商会の財産。許可ならばバルト殿に」

「うむ、感謝致しますぞ」

「是非有効に使ってください」

「……時にミケラルド殿」


 二回目の時が来てしまったか。


「……何でしょう」

「ミケラルド殿の正体を知るエルフの民が、ミナジリ共和国への移住を考えている」

「おぉ! それは嬉しい事です!」


 何だ、そんな話ならとてもありがたいじゃないか。

 ……いや、待てよ? 統治者とは狡き者。統治者とは必ず化けの皮があるはず。この温厚そうなローディとて例外ではない。


「…………人数次第ですね」

「ほっほっほ! 流石に読んだか!」


 そう、魔族への理解があるエルフなんてそういる訳じゃない。だが、いるだけでこちらとしては大きいのだ。

 魔族の味方をするエルフともとれるのだから。


「では、私からのお願いも是非読んで頂きたいところですな」


 そして、そのエルフたちを交渉材料に、ローディは何かしらを要求しようとしている。だが、その要求内容も、過去のアレ、、の事もあり、俺としては案外早く答えが出た。


「シェルフとミナジリ共和国間の聖水路……でしょうか?」

「ふふふ、お見事です」

「大方バルトさんから聞いたのでしょう」

「正解です」

「それに、いくら族長と言えど、元々移住を考えている人を国内へ引き止める術はないはず。彼らをダシに使いましたね?」

「それも正解です」


 そもそも、この族長ローディが、臣民であり個人を交渉材料に使えるはずもないのだ。使うエルフですらない。

 だから、これは俺の性格を読み切った上手い手。

 そして俺はこれに乗らざるを得ない。

 何故ならこれは「シェルフに貸しが出来る」という合図に他ならなかったからだ。


「ミナジリ共和国に何かあれば、我がシェルフは協力を惜しまない事を約束します。バルト商会を通じてシェルフの民五百人――近日中にお送りします」

「かしこまりました。ではこちらも必要書類を準備させておきます」

「うむ、今日はとても良き日ですな」

「それは勿論もちろん、お互いに」

「ですな」


 その後俺は、シェルフ一周の聖水路を造り、その後一日かけてミナジリ共和国までの聖水路を構築したのだった。

 過去のアレ――もとい整地された街道があればこそ、この短時間でやり切る事が出来たのは……何とも皮肉がきいていると思った俺だった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ふぅ……」


 顎先から垂れる汗を手の甲で拭い、俺は首都ミナジリの西門に着いた。

 冒険者ギルドの運び屋の依頼も、本来であれば一日や二日で終わるものではないのだ。これくらいの寄り道は全く問題がない。

 そう思い、一休みしようかと屋敷へ向かっていると、


「お待ちしておりました! ミケラルド様っ!」


 待っていたのは、国家的事業を貸しという名目で俺に委託したシェルフの族長――その孫娘であった。ローディの申告通り、メアリィもバルト商会の転移魔法を使ってミナジリ共和国までやって来ていたようだ。

 俺の帰還を喜んでいるのか、メアリィのテンションが異様に高い。そんなメアリィの後ろにいるのが、護衛のクレア。

 かつて俺の額に矢をぶっ放した過去は、早く忘れたいところだろうが、俺の顔を見るとヒクつくという事は、まだ忘れられてないのだろう。

 忘れられない男。それがミケラルドという存在なのだ。


「お久しぶりです、クレアさん」

「お、お久ぶりにございます、ミケラルド様!」

「あいや、立ってください。こんなところでひざまずかれても困りますって」

「こ、これは失礼を!」

「まぁ、少しずつ慣れてくれればいいですよ。それで? 何故お二人がここに? 既に大使館の説明は終わったので?」


 俺がそう聞くと、メアリィは一つ頷いてから言った。


「はい、なので今日は冒険者ギルドへ行くんです!」

「ん? 何でメアリィ殿が冒険者ギルドへ?」


 そんな俺の質問に、クレアが答える。


「メアリィ様は昨日付けで冒険者ギルドに登録したのです」

「うぇ!?」

「ふふふふ、ミケラルド様を驚かせたかったんですっ♪」


 とても健気で可愛いエルフであるが、何故冒険者になろうとしたのだろう。

 そんな俺の疑問を払拭すべく、クレアが耳打ちする。


「……じ、実は、かねてよりメアリィ様は『ミケラルド様のように強くて凄い人になりたい』と。それで以前から狩りの手解きをしていたのですが……」


 なるほど、それで前に俺と鉢合はちあったのか。


「どうやらミナジリ共和国には【新人冒険者アドバイザー】なる方がいらっしゃるとの事で、今日はその新入生が集う日なのです!」


 あぁ~、そう言えば業務担当のサッチがそんな事言ってたな?


「さ、さ! ミケラルド様も是非ご一緒に!」


 え、俺も? と、自分を指差す間もなく、俺はメアリィに引っ張られてしまうのだった。

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