その244 ナニコレ?

「嘘でしょミック……」


 ナタリーの視線は非常に世間的に見て厳しいものだった。

 可愛い顔をしているのに眉間にしわを寄せるとは勿体もったいない。


「へ、へへへへ……」

「いやぁ……そんなミック見たくないぃ~……」

「ナタリー、これは大事な事なんだ」

「だってスライム、、、、だよ!? 本当に食べる気っ!?」

「体細胞を少しだけかじるだけだよ」

「それを食べるって言うの!」


 俺の眼下に見える小さな水色の球体。それがスライムである事は明白だ。

 既に仕留め、息絶えているものの、べとべとねばねばした体表は健在である。


「ナタリー、これは……必要な事なんだ。だから、ね?」

「うぅ……でも……付いて来なきゃ良かったぁ……」


 目を覆うナタリーは、スライム退治と聞き付いて来たはいいが、もうおうちに帰りたいようだ。まったく、お子様は気分屋でいけない。

 俺は震える爪先つめさきでスライムの体細胞をほんの少しかすめ取る。


「うぇえ……」


 顔を背けるナタリー。

 これまでマミーの体液すらぺろりんちょした俺を見たのはリィたんくらいだ。

 ナタリーにとっては、虎さんと馬さんが合流するかのような出来事に違いないだろう。


「ん!」


 意を決して口に運び、一気に呑み込む。

 直後、俺の口内に異変が起きた。


「ウ、【ウォーター】ッ!!」

「ガボボボボボボボッ!?」


 物凄い勢いでナタリーの指先から放出される水魔法は、俺の口どころか顔全体を覆った。

 呼吸すら出来ない状況下、ナタリーの魔法がむ事はない。


「ガボボボオボオッ! ガボボッ! オボエ!」


 過去、これほど強力な魔法を受けた事があっただろうか。

 ここまで俺を苦しめた魔法はリィたんの津波くらいだ。

 地上で立ったまま溺れる意味不明な自体に襲われつつも、ナタリーの強制的な口内洗浄はようやく鳴りを潜め――、


「ぷぁ!? はぁはぁはぁはぁ……死……死ぬかと思った……」

「【ウォーター】ッ!!」


 なかった。


「ちょ!? 待っ――! ガボボボボボボボボボッ!!」


 いっそ殺してください。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 四つん這いになって息を切らす者が二人。

 今も尚死にそうな俺と、魔力切れを起こしたナタリー。

 死んだはずのダークマーダラーのアンドゥが、川の奥でにこやかに手を振っていた。

 それが幻なのか俺にはわからないが、死の淵から生還した俺は、仰向けになって空を見上げる。


「夕焼けが綺麗だなぁ」


 おかしい。

 スライム狩りに出掛け、見つけ、倒したのは昼だというのに、既に日が沈みかけている。

 つまり俺はそれだけの間、ナタリーの魔法に溺れていたのだ。

 字面だけ見れば何とも官能的ではあるが、事実溺れていたのだから致命的だ。

 しかしそれよりもおかしい事がある。


「ナタリー?」

「はぁはぁ……な、何?」

「知らない間に魔力が強くなってない?」

「え? あれ? ううん? 気のせい……だよ?」

「この前の切り傷、あれはどこで付けたの?」

「あ、ミック、今日の夕飯何がいい?」

「不自然過ぎるだろ! 何だその会話の流れ!」

「ミックだってよく使うじゃん!」

「ぐっ!? そう言われては何も言い返せない……!」

「よく『はて?』とか言ってるしー!」


 大変だ、身に覚えがあり過ぎる。


「……はて?」

「ほらまたぁー!」

「でもそれとこれとは何か違う気がする! 最近、俺に黙って何かしてるだろ!?」

「ミックに話す事でもないしーっ?」


 にゃろう、開き直ったな?


「いいの! 乙女には秘密の百や二百あるもんなのっ!」


 先程俺を溺死に誘ったのはどこの乙女か?


「それより! スライムを食べた成果はあったの!?」

「あ、そういえばそうだった」


 数時間三途の川を泳いでたから完全に忘れていた。

 今回はナタリーの勢いに呑まれておくか。大体想像がつくしな。


「うん、狙い通り【分裂】が【固有能力】に加わってる」

「えぇ~!? ミック分裂しちゃうの!?」

「まぁ待って。よし……こうか?」

「ひぇ!?」


 直後、ナタリーは俺ではなく、俺の右隣を見て口を両手で覆った。


「今、ミックの肩からドロッって何か落ちたぁ……」


 自然と向く視線は足下へ。

 するとそこには、ウヨウヨと動く水色の球体が……!


「何これキモッ!?」

「どうなるの!? これどうなるの!?」


 ナタリーが俺の腕を掴み、スライム状のソレを怖がる。

 しゃがんだ俺はそれを指先でつつくと、それはプヨンと反応し、一気に肥大したのだ。


「うぉっ!?」

「ひあ!?」


 人間大の大きさとなったスライムは、再度ウヨウヨと動き徐々に形を変えていった。


「はぇ~……」

「嘘ぉ……」


 俺とナタリーは唸るように言った。

 何故ならその形状は、どう見ても俺にソレに近付いていたのだから。

 瞬間、俺は気付いてしまった。


「ナタリーストォオオオオップッ!」


 別にナタリーに止まって欲しかった訳ではない。

 だが、俺はそう言いながらナタリーの目を手で塞いだのだ。


「ちょっと!? いきなり何するの!?」

「いいから! あれは絶対ヤバイやつだから! 見ちゃダメ!」

「どういう事よ!」

「えーっとつまりだな! 服は再現出来ないかとっ!」

「っ! ……っ!」


 直後、ナタリーはピタリと止まって俺の意図を理解してくれたのだった。

 しかしナタリーの顔に触れている手が熱い。

 きっととても恥ずかしかったのだろう。

 そのまま目を瞑ってくれたナタリーから手を放し、俺は再び分裂体を見る。

 すると、それもう完成していた。

 全裸で爽やかスマイルを送ってくるミケラルドが完成していたのだ。

 それをまじまじと見た俺は、腕を組みながら考える。


「前へ進め」


 おおう、普通に歩き始めたぜ。

 しかしちょっと優雅だ。俺の歩き方とは違う気がする。


「止まれ、振り向け……っ!?」


 何だあの輝かんばかりの超絶スマイルは!?

 レフ板でも当てられてるのかと思ったぞ。


「座れ」


 ……何故、M字開脚なのか?

 すると、後ろで目を瞑ってるナタリーが言った。


「ねぇミックー! もういいっ? 服着せたっ? 私も見たいーっ!」


 …………ナニを?

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