その192 水龍と吸血鬼

 漠然とした言葉ではあるが、俺とエメリーはここで出会う運命にあったという事なのか。

 くすくすと笑うと、エメリーはやはり年相応に見えた。

 戦闘に入ると性格が変わるタイプっているよな。


「そ、それじゃあ決勝戦楽しみにしてますね!」


 小さな両拳を胸元におき、エメリーは最後に俺を激励した。

 とてとて走る勇者はやはり少女だったのだ。

 あ、転んだ。


「あいちちちち……」


 どこかで見た光景だ。


「大丈夫ですか、エメリー選手?」


 どこかで見た光景だ。


「は、はい! すすすすすみませんすみませんすみませんっ!」


 勇者って変わったヤツだなーと思いつつ、俺は観客席に振り返る。

 大きく手を振るネムの横でニヤリと笑みを浮かべ腕を組むは、水龍リバイアタンもとい……リィたんである。

 準決勝の後、一時間の小休憩の後、決勝戦が始まる。

 しかし、その小休憩の際……俺とリィたんは顔を合わす事も、言葉を交わす事もなかった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 立ちはだかる巨大な壁。

 それは水龍リバイアタンという強大な相手。

 命の恩人であり、友人であり、俺が目指す強さの先。

 最強を目指し始めた俺の壁の一つ。

 勝てないなんてわかり切っている。だがそれを言葉にする事は許されない。

 勝てないかどうかを決めるのは俺じゃない。俺のこれまでの全てだ。

 相手がどれだけ強かろうが、この場に立てた事実は変わらない。

 俺は、着実に強くなっている。

 魔界を飛び出した頃とは比較にならない程に。

 だが、それでも先は、強者はいる。

 まったく、このリィたんより強い存在がこの世にいる事が信じられない。


「よくここまで勝ち上がって来た、ミック」

「もっと褒めてくれてもいいんだよ、リィたん」

「この戦いに勝利したら考えてやろう」

「お、言ったね?」


 俺がそう言うと、リィたんは目を丸くした。


「……なるほど、私の全てを知りその言葉。よき胆力だ」

「別の言葉を選んだら怒られそうだったからね」

「『私の全てを知り』と言っただろう」

「そうだったね」


 俺が肩を竦めて言うと、リィたんは審判を見て言った。


「そこの者」

「は、はい!」

「開始の合図を出したのち、すぐにここを離れるのだ」

「へ……?」

「リィたんの言う事聞いておいた方がいいですよ。多分ここら一帯更地になっちゃいますから」


 俺の助言に審判は顔を凍り付かせる。

 静かにコクリと頷いた後、審判は手を前に出し……振り上げた。


「始めっ!!」


 同時に審判が後方へ駆け始める。

 審判の命がかかっている。俺もリィたんも、審判がここから離れるまで動く事はない。

 そして観客席も……それを理解しているかのように沈黙を貫いた。

 ここは、この場所は、ランクSを決める武闘大会の決勝戦だというのに。もっと騒いでくれてもいいのに。

 まぁ、そんな空気じゃないって事は俺もわかっている。


「ミック、全力で来い。あの勇者を倒した時以上の力で……!」


 リィたんの言葉の意味は、俺の最後の力にあった。


「……【覚醒】」


 リィたんにだけ届く小声で言ったソレは、魔族の真骨頂とも言うべき力。

 リィたんの笑みが全てだった。魔族の覚醒状態で臨まなければ、この戦いは一瞬で終わる。

 リィたんはそう言ってるのだ。


「【呪縛】はダメかな?」

「それに意味があると思ったら使えばいい」

「……だよね」


 そう、【呪縛】は何の意味も持たない。

 そりゃ俺が【呪縛】を使い、リィたんをコントロールすればこの戦いに勝てる。

 彼女に「まいった」と言わせればいいだけなのだから。もう圧勝である。

 でもそうじゃない。この戦いはそういう戦いじゃない。

 俺がこの先、リィたん以上の存在と戦った時、生き残るために……この戦いはあるんだ。


「全力だ」

「うん、全力だね」


 審判の避難が終えた瞬間、俺とリィたんは魔力を最大限に放出した。

 直後、俺とリィたんは駆け、武闘会場中央で互いの武器を振った。

 たった一合いちごう切り結んだだけで、鋼鉄製の互いの武器は跡形もなくひしゃげ、ガラスのように霧散した。


「「おぉおおおおおおおおっ!!」」


 リィたんが下段から、俺は上段から拳を振り、また衝突する。

 バチンと弾けた攻撃。右腕には鈍痛が残る。

 だが、リィたんの笑みは……未だ崩せぬまま。


「どうしたミック! そんなものではないはずだぞ!」


 彼女がどれだけ俺を高く見積もっているかはわからなかったが、俺はそれに乗っかる事でしか現状を打破出来なかった。


「怪我で済めばいいけどなぁ……」


 そう零した後、俺は再び駆けた。

 俺の全ての拳に、蹴りに、リィたんは的確に合わせ受けた。

 疾風という名の衝撃波が観客席を襲う。

 彼らが意識を絶たず、この戦いを観戦出来るのには理由がある。

 俺とリィたんとの戦いが決まった段階で、武闘会場に結界が張られたのだ。

 これだけ大規模な結界魔法を施したのは一体誰なのか。それを気にする余裕は、今の俺にはなかった。


「ぐぅ!」

「そらそらそらそらっ! まだだ! もっといけるぞミック!」


 拳に溜まるダメージ。痛い痛い痛い。どんどんダメージが蓄積していく。

 骨は軋み、筋が裂け、神経には亀裂が走る。そんな攻撃を【超回復】のみで乗り切るには無理がある。【ダークヒール】で回復しながら殴りにかかるも、その回復分はリィたんによる二回の攻撃で消えてしまう。

 やがて骨が歪み、折れ……両腕が上がらなくなる頃、リィたんが距離をとった。

 右手を開いて正面に置き、俺を見据えるリィたん。


「次だミック」

「タイム……」

「無理だな」


 リィたんが次に選んだのは魔法勝負。

 リィたんが使える魔法は二種――風魔法と水魔法。


「ふん」

「っ!? うぉ!?」


 一瞬で吹き飛ばされる身体。

 俺は観客席真下の壁まで飛ばされ、身動きすら出来ない。

 ……これは【突風】!? 馬鹿な、使用者が変わるだけでこんな威力が変わるのか!?


「……っ! がぁああ!」

「ほぉ、土塊つちくれ操作で壁を造ったか」


 これで少しは楽に――、


「我が魔法がその程度で止められると本気で思っているのか、ミック?」

「へ?」


 直後、巨大な土壁は音を上げ軋み始めた。


「う、嘘でしょ!?」


 そう言った時は遅かった。

 一個の個体が起こす風に、鋼鉄の硬度を誇る壁が折れ、その残骸が俺に向かって飛んでくる。

「にゃろ!」


 サイコキネシスでそれを止め、その間に新たな土壁を形成する。

 何重にも……何重にも!


「ふむ、硬いな」

「はぁはぁはぁはぁ……」


 リィたんが【突風】の発動を終え、手を引いた時こそ反撃の時。

 そう思った時期が、わたくしめにもございました。


「ではこれだ……【ウォーター】」


 それは、我がミケラルド商店で大反響を受け販売している。単純なる水精製の魔法。

 水は農地を潤し、喉を潤す。そんな目的で売られている一般向けの魔法――それが【ウォーター】だ。

 だが、彼女のソレはそう単純なものではない。

 相手は水龍リバイアタン。一度ひとたびそれを放てば、まるで全てを貫くレーザービーム。

 その水の光線は、何重にも張り巡らせた土壁を一瞬で貫き、俺に向かって来た。


「ちょちょちょちょ! くっ!」


 自身の真下から土壁を発動させ、まるでジャンプ台のように下から突き上げる事で、跳躍を補う。俺はそうする事でしか、リィたんのウォーターをかわす事が出来なかった。

 着地した俺を悠々と見るリィたん。


「どうしたミック? 疲れているな?」


 ……リィたんあの子、強すぎません?

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