その186 猛き剣
幸いな事に、二回戦と三回戦の間には昼休憩があるそうだ。
つまり、俺は一回戦のリィたんとラッツの試合を観戦する事が出来る訳だ。
コロセウムの観客席から武闘会場を見下ろす俺とネム。
「凄いね、満席じゃない?」
「えぇ、立ち見の人もいるくらいです。皆強い人が好きなんですねぇ」
「で、何なのその木札は?」
「リィたんさんに賭けただけですよ」
ありゃほぼ全額リィたんに賭けてるな?
「けど今回は賭けが成立したんだね?」
「両方とも新人さんですからね」
「それが理由になるの?」
「なりますよ。だって今日から賭けに参加する人もいるんですから」
なるほど。
確かに本戦から観戦し、賭け始める人間ならば勝敗や噂だけで判断する他ない。
「まぁ、それでも1.1倍ですけどね」
「むぅ、俺も賭ければよかったかな」
「ダメです」
「何で?」
「こういうのは庶民の遊びなんです」
「俺が庶民じゃないと?」
「勿論です、
ネムのヤツ、まるで「ミケラルドさんは邪魔しないでください♪」と言いたげな顔だ。
まぁ確かに、俺が賭けに参加すればいよいよ賭けが成立しなくなるだろうからな。
白金貨千枚でも賭けようものなら賭けの胴元が傾きかねない。
「でも勝負はわからないんじゃない? 今回はリィたんが認めた相手だよ」
「認めるのと勝負になるのかは別です」
「……ご
正にその通りなんだよな。
たとえリィたんが認めた相手だろうが、相手はランクAになったばかりの冒険者。
彼は過去に俺、リィたん、ジェイル、ナタリーたちと戦い、敗れたパーティの一人だ。
勿論、ナタリーは戦っていなかったが、あの時の戦力から成長しているとしてもそれは微々たるものだろう。リィたんに敵う訳もないのだ。
無情ではあるが、絶対的な力の前に為す術がないのは誰にだって一緒だ。
何故なら俺が経験済みだ。リィたんに土下座して奇跡的なトンチをぶっ放さなくては、俺は今この場に、この世にいなかっただろう。
第一回戦、審判が入場し、遅れて選手が入場する。
涼やかな表情で現れるリィたんとは対照的に、ラッツの表情は緊張以上の恐怖に染まっていた。
位置につき、両者向かい合う。
リィたんの武器はハルバード。対してラッツの剣はロングソード。
当然、刃は潰してあるものの、鉄製なので凶器である事には変わりない。
「ラッツ! 負けたら承知しねぇぞ!」
その時、観客席の最前列でラッツを激励する声が聞こえた。
それはやはり、ハンによる激励だったのだ。
彼の声は届いたのだろう。
その声一つで、ラッツの顔から恐怖が消えたのだから。
彼の目には炎が見えた。小さいながら確かに燃える勇気という名の炎が。
「始め!」
審判の一声により、観客たちの興奮が最高潮に達した。
空気に、大地に振動すら与えるその熱気は、武闘大会本戦の幕開けに相応しいと言えた。
「おぉおおおおおおおおおっっ!!」
自身を奮い立たせるように吼えるラッツ。
「来い、お前の全てを見せてみろ……!」
リィたんは大地にハルバードをドンと突き、迎撃の構えをとる。
「はぁああああああ! ぬんっ!」
駆け寄り上段からの打ち下ろし。
ずどんという衝撃がリィたんに伝わるも、その表情が乱れる事はない。
「かぁあああああああああっ!!」
力強い声と共に、ラッツの両腕が肥大した。
二度目の打ち下ろしは、先の攻撃の比ではない。
「ほぉ。自己暗示に近い強化法か、面白い」
しかし、リィたんはこれを片手で払って見せる。
「くっ!」
吹き飛ばされたラッツが再度駆ける。
「
俺が血を吸った時には、ラッツはこの剣技を習得していなかった。
これは、彼がこの短期間で成し得た修練の証。
十斬は単純な打ち下ろしの連続技。一つ一つの攻撃は通常攻撃には劣るものの、十連撃をほぼ同時に与える事が出来るようだ。
「それでは我が身には届かぬぞ!」
リィたんの一撃はその十連撃を軽く超える。
かち上げられてしまったラッツの剣。だが、彼はその剣を放す事はなかった。
「ならば!
なんと、面白い剣。
ラッツは剣の面を使い、重厚な剣をリィたんに向けたのだ。
「まだ、まだ甘いぞ!」
「
「はははは! 軌道がまるでお粗末! だが、何と荒々しき剣よ!」
リィたん、何か楽しそうだな。
「
上手い、緩急を入れてきた。
あの柔らかい剣は剣先による刺突攻撃。
「ふっ」
リィたんはそれをハルバードの石突き部分で合わせた。
「
「まさか戦士が剣を投げ捨てるとはな! だが、それも潔し!」
ロングソードを投擲武器として投げたラッツ。
「お返しだ」
当たり前の如くそれを打ち返すリィたん。
ラッツは自身に返ってくるロングソードを身を伏せ辛うじてかわし、這うようにリィたんへ突進した。
「無茶です! 武器もなしに!」
ネムが叫ぶ。
「折角教えてやったんだから使わなくちゃ損だろうが!」
ハンが吼える。
ハンはラッツに何を教えた?
ハンの武器は……ダガー……? っ!
「リィたん! 隠し武器だ!」
俺の助言が届く前に、リィたんが笑った気がした。
「ちょうど、そうだろうと思ってたところだ……!」
ラッツが懐から出したダガーは二本。
「
上下左右無数の連撃はリィたんのハルバードに強い衝撃を与える。
「素晴らしい攻撃だ」
「
上下の
それは、悲鳴をあげ続けたリィたんのハルバードが限界を迎えた瞬間だった。
鉄製のハルバードは真っ二つに千切れ、大地へと落ちる。
肩で息をするラッツに、リィたんが笑う。
「やるな」
こりゃ……いよいよリィたんが動くぞ。
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