その184 初めてのお仕置き
コロセウムの武闘場には、Hブロックの決勝戦が始まろうとしていた。
眼前にはドヤ顔のホーク君。あれは完全に勝ちを確信した顔だ。
どうやらまだ彼は作戦の失敗に気付いていないようだ。
「始め!」
不敵な笑みを浮かべるホークが剣を構える。
「そうだ、そのまま立っていろ」
戦いを見守る審判にはただの煽りの言葉にしか聞こえないだろう。
だが、これは完全なる脅し。まぁ、もう脅しにはならないんだけどな。
俺は剣でホークの剣を受けると、ホークが顔を強張らせる。
「……おい、俺がさっき言った事を聞いていなかったのか?」
「え? 聞いてましたよ?」
「どうやら頭は猿並みのようだな」
「そちらこそ聞いていましたか? 正々堂々勝負しましょうって」
「気付いて尚、そう言い切ったというのか?」
「というより、気付く前に全てが終わってたんですよね」
「何を言っている? くっ!? 何をっ?」
俺は剣の力加減をコントロールし、ホークの視界にリィたんがいる観客席を入れた。
「おや? 私の後ろに今大会の注目選手が
俺はホークに言った。
すると彼は、意識を観客席側へとずらしたのだ。
「あれはっ!?」
そう、見えたはずだ。
観客席on共犯者onリィたんの姿が。サンドイッチの具材となった共犯者のノビた顔を見たホークの胸中や如何に。
…………凄い。焦点が定まってないというか目がナックルボールみたいに揺れていらっしゃる。
「一体……何故……?」
震える声だが、これは俺への問いかけか、それとも自問なのか。
「正直なところ、ネムを狙うのは悪い手じゃないです。今回の場合、彼女は私の弱点とも言える。けどそれは私……いえ、リィたんに近い実力者が行って初めて成功する作戦です。ランクA程度の実力じゃ、初手ですら成功しませんよ」
そんな俺の言葉に、ホークは何かに気付いた。
「……まるで、私の行動を推奨しているように聞こえるのは気のせいか?」
「おや、悪気があったんですか? だとしたら心的影響を考えてやめた方が良かったですね。ストレス溜まっちゃいますよ?」
「お前は……何を言っている?」
「だからさっきから言ってるじゃないですか。正々堂々ですよ」
「この戦いがそうだと言うのか!」
ホークは息を切らせながら俺を押しのけた。
後方に跳んだホークが顔を引きつらせつつも俺を睨む。
「何が……何がおかしいっ!」
そして俺に向かってそう叫んだのだ。
おっと、いつの間にか口元が緩んでいたか。
「俺の手段を、作戦を! お前は否定しないというのか!?」
「何故? 勝つために最善の手段をとるのは当たり前の事ですよ。どんなやり方であれ、成功する確率があるならやればいい」
「くっ! それのどこが正々堂々だ!」
まるでこちらが悪者扱いだ。
まぁ、彼は彼なりに色々思うところがあるのだろう。
跳び込んで来るホークの下段斬りを足で受け、その手元に向かい剣を振りおろす。
ガキンという重い金属音と共に、ホークの剣が地面に落ち突き刺さる。
「ぐぁっ!?」
「もっとも、私は使わないだろう作戦ですけど」
「お前に、お前に何がわかる! 才能に恵まれ! 人脈に恵まれ! 友人に恵まれ! 何一つ不自由ないお前に俺の何がわかるというのだ!」
「今そんな話してないです。それに、仮にそんな話をしていたとして、ランクAのあなたが言えば、ランクB以下の冒険者たちは何と思うでしょうかね?」
「
……何だ。
何が何でも勝ちたい理由は何だろうと思っていたが、結局は自分の自尊心のためか。
となれば、これ以上このホークに割ける時間はない。
「あなたとこれ以上話すと私が惨めになります。あ、これは皮肉ですよ」
「このっ!」
ホークが立ち上がり俺に向かう。
俺はその正面に土壁を形成した。
方向転換するホークの左に、後ろに、そして右に。四方を土壁で囲まれたホークが跳躍をするも、天井すらも分厚い土で覆われる。半畳もないスペースに押し込められたホーク。
スペースがないため踏ん張ることも出来ず、ホークはその中で立ち往生している訳だ。
『出せ! ここから出せぇ!』
ドンドンと土壁を叩くホークだが、彼があの中から脱出する方法はない。
そう、俺があの土壁を解除しない限り。
「ギブアップを」
『誰がするか!』
「では徐々にいきますね」
『な、何だ!? 壁がどんどん迫ってくるっ!?』
あの土壁の中は最早スペースなどない。人間一人がつま先立ちで生きられる空間しかないのだ。
「自己弁護のために言っておくと、一応ちょっとしたおしおきです。友人を狙われた訳ですから」
『や、やめろ! おい! 出せ! 出せぇええ!!』
「ギブアップを」
『わかった! わかった! ギブアップする! 頼む! お願いだ! ここから! ここから出してくれぇええ!』
彼の要望が命令から懇願に変わった時、俺は審判に顔を向けた。
「勝負あり!」
さて、ようやく本戦出場だな。
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