その167 ミケラルドの強み

「消耗戦だと? ……ほざけ!」


 挑発に弱いのはわかっていたが、後先見ない行動は本当にお粗末だ。


「しかし気になる。何故腕が回復している?」


 人間との戦闘で【ダークヒール】による回復は見せられない。

 会話で時間を稼ぎ、【超回復】による回復を使った事もバレてはいけない。


「この世界にはお前の知らない魔法が沢山あるんだよ」

「ほぉ、それは興味深い……なっ!」

「攻撃はもう通じないよ」

「かわすだけで通じないとはどういう事かなっ! はぁ!」


 ラジーンの攻撃は鋭く重い。しかし、狙った攻撃は全て上段か下段からのみ。

 これはグラビティコントロールに頼った攻撃だからという理由がある。

 重力操作も上下にしか対応出来ない。左右の攻撃は全て見かけ倒し。本命は上下攻撃。それがわかれば対処はしやすい。だが、対処が出来るだけ。

 こちらの攻撃を加えればまた重力操作で操られてしまう。

 ならば、こちらはかわし続けるのみ。


「よ、ほっ! おっと!」

「何故当たらぬっ!?」

「それは今後の課題だな」

「五月蠅い!」


 回避に徹した俺と、攻撃を焦るラジーンには大きな違いがある。

 これを言い換えれば体力の温存が出来る俺と、体力を無駄に使うラジーン。

 何故なら俺はこの間攻撃を完全に諦めているから。攻撃を焦る必要すらない。

 精神的疲弊にも差が出るだろう。そして一番の消耗は……魔力。

 ラジーンは攻撃の際、殆どにグラビティコントロールを利用している。

 これは明らかな悪手。SSダブルの実力があろうと、それはその水準に届いているというだけ。奴が攻撃魔法に頼らず、闇の補助魔法を得意としているのには理由がある。ラジーンの体内保有魔力はそう多くない。

 ならば、魔力にアドバンテージのある俺が、この戦闘を掌握する。


「はぁはぁはぁ……くっ!」

「勝負が見えてきたね」

「な、何をぬかすっ!」

「だって、お前が俺を倒したところで、俺より強い二人が後ろに控えてるんだよ?」


 俺は親指でドンと構えるジェイルとリィたんを指差す。


「……っ!」


 戦闘に利用出来るものは何でも使う。

 彼らを視野に入れずとも、これから戦うかもしれない相手の体力が万端と考えるだけで、ラジーンは精神的に追い詰められる。


「それに」

「なっ!? くぉっ!」


 ラジーンの背後から飛ばされた炎の槍。

 それは、先の戦闘時に血を吸った、ラジーンの仲間からの魔法攻撃。


「リーダーが頼りないからすぐに裏切っちゃうんだねぇ」

「貴様、もしやドノバンと同じ【魅了】持ちかっ!?」


 俺は微笑む事でそれを返す。

 はい、ドノバンの能力情報頂き。


『ジェイルさん、ドノバンの確保お願いします。目に注意を』

『わかった。中々面白い戦闘だった、、、


 ジェイルは一瞬で俺たちを抜き去り、屋敷の扉へ向かって行く。


「行かせる訳が――」

「――それはこちらの台詞だ」


 ここからは俺の攻撃。

 ラジーンがどれだけ疲弊しようとも、攻撃の手を緩めない。

 それがこの消耗戦最大の攻撃。


「がぁっ!?」


 俺はラジーンのダガーを叩き落とし、打刀の柄頭で顎を打ち抜いた。

 更に打刀を振り払い、ラジーンの背中を狙うも、奴は地面を転がりながらダガーを拾う。

 流石に諦めが悪い。だが、ここで更なる刺激を与えれば……っ!


「なっ!?」


 ダガーを持った腕がカクンと下がる。


「これは……グラビティコントロールッ!? 何故お前がっ?」

「さっき、覚えた」


 魔法の能力と効果さえわかれば、メイドインジャパンの俺ならば再現は容易。

 血を吸わなくても模倣は可能なのだ。


「……化け物めっ!」


 震える手でダガーを持つラジーン。

 それは重力の影響か、それとも恐怖の影響なのか。

 俺には皆目見当もつかなかったが、ラジーンの次の攻撃が最後の攻撃となる事だけはわかった。

 何故なら奴の体力と魔力は、もう尽きていたのだから。



 ◇◆◇ ◆◇◆


「ミナジリ卿っ! これは一体どういう事か!?」


 騒ぎを聞きつけたであろうギュスターブ卿が、馬車から降り俺に向かって来る。

 しかし、無数の賊の確保現場を目の当たりにしたギュスターブ卿は、すぐに態度を改めたのだった。


「……理由を説明して頂けますかな?」


 その後、俺は王命の下ここへ向かった事、アンドリューに掛けられていた【魅了】を解除した事もギュスターブ卿に説明した。


「何と、全てはこのドノバンが……!」

「えぇ、アンドリュー殿が無事で本当に良かったです」

「ミナジリ卿……このご恩は決して忘れませぬぞ」

「いえ、私は陛下の命令に従ったまでです」

「息子が操られているなど露にも思わず……何とも不甲斐ない事です。アンドリュー、来なさい」

「は、はい父上!」


 アンドリューが小走りに俺の前にやって来る。


「落成式の日の事を覚えているか?」


 ギュスターブ卿の言葉に、アンドリューの表情が曇る。


「記憶に霧がかかったように思い出せませんでしたが、今はハッキリとわかります。ミナジリ卿、この度は本当に申し訳御座いませんでした!」

「どうか、頭を上げてください。それに、アンドリュー殿が気にされる事でもありませんよ」

「しかし――」

「――では改めて」

「へ?」

「アンドリュー殿、ミケラルドと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 差し出した右手は、かつて空を掴んだもの。しかし今回は違った。

 アンドリューは俺の右手を両手で目一杯掴み、深く頭を下げたのだ。


「この【アンドリュー・ロベル・ギュスターブ】……ミケラルド殿に終生の友情を捧げます!」


 ようやくこの騒動に一区切りがついたな。

 さて、後はドノバンをブライアン王の前に連れて行くだけか。

 それが一番精神的に厄介なんだけどな。

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