その162 ドノバンという男
「ドノバン?」
「えぇ、知っていらっしゃいますか? ランドルフ様」
数日の後、ギュスターブ辺境伯領に謝罪に伺ったのだが、話がついたギュスターブ卿は会ってくれるものの、別邸に住むギュスターブ卿の息子――アンドリューは俺を門前払いとした。当然、こちらも会ってくれるとは思っていない。だから俺は単身聞き込み調査を行った。
必要だったのは領内に入る口実。その帰りであれば、領内で領民に話を聞いても問題ないだろう。
「いや、知らぬが……その者がどうしたというのだね?」
「先日の一件。私なりに調べてみたところ、アンドリュー殿の身の回りで起きた真新しい変化というのが、その者の人事だったのです」
そしてわかったのが【ドノバン】という名前。
皆、「いい人」だと連呼するも、具体的な人間像が出て来ない。
現段階ではアンドリューの屋敷に忍び込む訳にもいかず、情報収集に行き詰まってしまった。だからこうしてサマリア公爵家へ来ているのだ。
「それは、もしやアンドリューが何かされたと言いたいのかね?」
「えぇ、ラファエロ様にお伺いしたところ、アンドリュー殿の性格と今回の一件を結びつけるのは非常に難しいと判断しました」
「しかしそのような能力――」
「――人を操る術は存在します。それは、ランドルフ様が一番理解していらっしゃるはずです」
「む、確かにそうだな……しかし、ミックが陛下の能力を知っていたとは意外だったな」
「初の謁見時の戯れ合い……あまり思い出したくないですねぇ……」
「ふふふふ、そうかね? あれはあれで緊張感があってよかったではないか?」
「はははは……」
そんな会話をしていると、お茶を新しいものとかえるため、サマリア公爵家の執事であるゼフが応接室へやって来た。
ゼフがカップを新しいものにかえて置く。その見事な所作を見て改めてゼフに感心する。
「ありがとうございます。ゼフさん」
「ほっほっほ、ミナジリ卿には返しきれぬ恩がありますからな。是非、このゼフをこき使ってくださいませ」
「たとえミックでもゼフはやらないぞ?」
「恐れ多い事です。ですが知識だけお借りしたいと存じます」
「そうだな。ゼフ、ドノバンという者に心当たりはないか?」
ランドルフがそう聞くと、ゼフの動きがピタリと止まった。
「……恐れながら、何故今その名がここで出るのでしょう?」
「知っているのか!」
ランドルフが顔に驚きを見せる。
まさかゼフから新たな情報を得られるとは思っていなかった。
正にダメ元だったが、本当に知ってるとは……。
「実は、ギュスターブ子爵……つまり、ギュスターブ辺境伯の嫡男、アンドリューの身辺警護をその者が行っているという情報を掴んだのです」
俺がそう話すと、ゼフは
「
「つまり、その過程でギュスターブ子爵家の情報を知ったという事か」
しかし、ランドルフの言葉にゼフは首を横に振った。
「いえ、ドノバンという名は別の場所で知ったものです」
「何?」
ゼフは俺に向き直り質問をする。
「ミナジリ卿、その者がギュスターブ子爵家の身辺警護に就いたのは最近の事なのでは?」
「えぇ、それ以前の情報がなくて困っていたんです」
「やはり……おそらく私が知っている者と同一人物でしょう」
「……教えてください」
「サマリア公爵家は、以前は侯爵家。当然、当時同格だったギュスターブ辺境伯様の情報は仕入れるべく仕入れ、当家の使用人全員が熟知している事です。それは嫡男であるアンドリュー様――ギュスターブ子爵の好みも把握しております。だからこそ新たに仕入れる情報はない……」
「確かにそうだな」
「ミナジリ卿は例外にして……侯爵家の使用人がそういった情報を求めるのは、
「そうか、格下の貴族の使用人が逆に聞きに来るから、その時に聞けばいいんですね」
「左様にございます、ミナジリ卿」
この結論に行き着いた時、俺とランドルフは気付いてしまった。
互いに見合った後、立ってかしこまっているゼフを見上げたのだ。
「ゼフ、『別の場所で知った』というのはもしや……!」
「その通りにございます。ドノバンの名は当家が侯爵家だった時に情報収集し、知った名前です」
「侯爵家と同格以上という事は……侯爵家、辺境伯家……それに――」
「――公爵家にございます」
俺の言葉に反応したゼフの言葉は、ランドルフの顔を歪めた。
「かつて、その公爵家は我が
ゼフが俺を見ながら言う。
……くそ、嫌な所で結びついてしまうものだな。
「左様にございます。ドノバンなる男は、かつて【アルフレド・フォン・リーガル】様に仕えていた人物にございます」
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