その159 落胆式
「アンドリューッ!」
駆け寄るギュスターブ卿。ざわつく広間。
しかし、ギュスターブ卿が駆け寄る前に、アンドリューは壁から床に落ちてきた。
「あが……が……」
良かった、どうやら生きているようだ。
顔は血塗れで歯は抜け落ち、欠け、鼻は曲がり端正な顔が台無しである。
「ミナジリ卿、回復を!」
「お任せください」
ランドルフの言葉と共に俺もアンドリューに近寄る。
しかし、これ程の重傷だと、
「
勿論、言葉上は誤魔化す。
魔法名を言わなくてもいいが、言う人間も世の中にはいる。
回復力の高いヒールという事で認識してもらおう。
アンドリューは傷が癒え、うっすらと目を開けるも、そのまま気絶してしまった。
きっと視線の先にリィたんがいたからだろう。彼の意識が覚醒を拒否したんだな。
「おぉアンドリュー……」
息子を抱きかかえるギュスターブ卿に、ランドルフが歩み寄る。
「皆、今日ここで見聞きしたものは全て忘れるのだ」
何で急に箝口令?
「酒の席なれど、ギュスターブ子爵が陛下に対し
「なっ!?」
ここで驚きを顔に浮かべたのはギュスターブ辺境伯。
だが、その後彼の顔は徐々に納得へと追い込まれていった。
そう、ランドルフは「ギュスターブ子爵」と言ったのだ。辺境伯家とは完全に離して叛意を口にした。
叛意とは
クロードを認めたのは他でもないブライアン王。それを否定したのであれば、叛意ととられて仕方ないのだ。だが、これはランドルフの印象操作と言っても過言ではない。
何故なら彼は、貴族よりも冒険者であるリィたんを庇ったとも言えるからだ。
「ギュスターブ卿、それでよろしいな?」
「…………問題ございません」
ギュスターブ卿からすれば、苦渋の決断とも言えるだろう。
息子が殴られたのにも関わらず、相手の冒険者に対してこの場で何も出来ない。
俺はがっくりと肩を落とし、落胆しながら落成式を締めた。
貴族たちの送り出し、アンドリューの搬送はシュバイツに任せた後、俺、ランドルフ、ギュスターブ卿は共に応接間へ向かった。
「申し訳ございませんでした、ギュスターブ卿!」
謝罪するのは当然、俺。
何せ、俺はリィたんのご主人様(仮)なのだから。
先程のアレはパフォーマンス。その後の落とし所は、当然、こういった裏で決まるのだ。
「……あの者は?」
「リィたんでしたら、外に控えさせております」
「呼びたまえ」
俺は扉からリィたんを呼ぶ。
するとリィたんは、まるで我が道を行くという感じに、堂々とギュスターブ卿の前に立ったのだ。まるで無敵の大魔王みたいである。
部屋に飾ってある剣を取ったギュスターブ卿。
「あ」
俺が声を出した時、ギュスターブは既にリィたんに斬りかかっていた。
首筋に向かう剣先。リィたんは微動だにしない。
およそ人の首から鳴るとは思えぬ衝撃音。落ちたのはリィたんの首ではなく、ギュスターブ卿が持っていた剣。
手が痺れたであろうギュスターブ卿がリィたんを睨む。
「では、次は私の番だな?」
彼が睨んだのは一瞬、しかし直後、立場は逆転したのだ。
「……ひっ」
大貴族の口から漏れた小さな悲鳴は、虚空へと消える。
何故ならそんな悲鳴など、俺もリィたんも拾っていないからだ。
ランドルフはリィたんが放つプレッシャーから膝を突いてしまっている。
「な、何をする気だっ!?」
「我が命を奪おうとしたのだ。命を奪われる覚悟は当然あるのだろう?」
「私に手を出せば――」
「私に手を出せばこの国は滅びるが、それでいいという事か?」
な、何ちゅう魔力を放出してるんだ、この子は……!
壁が軋み、大地が揺れる。その圧は正に大海獣――水龍リバイアタンそのもの。
そろそろ止めるべきか? いやしかし、この落とし所がまだ読めない。
「ミナジリ卿、彼女を……彼女を止め……」
ランドルフが出せた言葉はそれだけ。
仕方ない。打算は後だ。今はリィたんを止めるしかない。
「リィたん、ストップだ」
俺はリィたんの肩にポンと手をのせる。
すると、重厚な魔力は一気に霧散してみせた。
「……ふん」
リィたんは軽く鼻息を吐いた後、俺の後ろに下がった。
顔に脂汗をにじませたギュスターブ卿が、俺を見上げて言う。
「こ、この者は……一体……」
「ギュスターブ卿、まずはリィたんに何故アンドリュー殿に手を上げたか問いただしたく」
「…………どうやら私に、それを止める権利はないようだな」
俺はギュスターブ卿とランドルフを起こし、リィたんに目を向ける。
「それでリィたん、何故アンドリュー殿を? リィたんは私の護衛。彼が私に手を上げたのならともかく、それは起こっていない。これにはそれなりの理由を説明して欲しい」
「……いいかミック? アンドリューは明確にミックを攻撃した。それはあのパーティー会場全員が見ていた」
ん? どういう事だ?
「武力だけで考えるなミック。クロードはお前の友人だぞ? そのクロードを侮蔑し、友人であるナタリー、ジェイル、エメラが作った料理を台無しにし、村の皆で作ったこの屋敷を汚した」
…………何てこった。
「何と卑劣で下劣な攻撃か。貴族というのはここまで酷いものだったとは、思いもしなかったぞ」
リィたんの鋭い視線がギュスターブ卿へ向く。
「っ……!」
「かような振る舞いが我が
今度は視線がランドルフに向く。
「確かに、攻撃と言えなくもないな」
「明確な攻撃だ。もしや娘のレティシアに『言葉や態度は凶器ではない』と教育しているのか?」
「こ、攻撃である」
言い負けたな。
「公爵がこう認めたが?」
リィたんの視線がギュスターブ卿へ向く
ギュスターブ卿は俯き、何度もリィたんの言葉を反芻しているようだった。
そして、彼が顔を上げた時、先の怒りはどこかに消えていた。
「……愚息がご迷惑をお掛けした。許してくれ、ミナジリ卿」
リィたんの純粋さの……勝利ってとこだろうか。
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