その143 取調室

 暗い個室に光が灯される。おそらくこれは、光魔法のトーチを付与したマジックスクロールを使っているのだろう。

 椅子にギシリと腰を下ろすディックの目が鋭い。

 おっともう一つのスタンド型のライトがあるのか。便利だな、世の中。


「ッ! まぶしっ!?」


 まるで古い刑事物のドラマでよく観る状況だ。

 凄いなファンタジー。感性だけは昭和に追いついているんじゃないか?


「すいません、カツ丼お願いします」

「んなもんねぇ」


 だよな、この世界にはまだ米は普及していない。

 いつか米文化を取り入れてやる。まぁ、そのためにはまずはこの状況を乗り切りたいところだ。


「ニコル、水を持って来てやれ」

「はい、かしこまりました」


 お? 意外に話を聞いてくれる感じなのでは?

 その後、ニコルは確かに水を持って来てくれた。しかし、俺のイメージするソレ、、とは違ったのだ。


「……何でバケツ?」

「何に使うかは聞くなよ?」


 何て不気味過ぎる笑みなんだ、ディック。

 まるで「拷問用だ」って言いたげな顔だ。


「えっと、ご存知かもしれないんですけど、実は私、先日子爵になりまして、こういった行為はよろしくないんじゃないかなーと思いまして……?」

「安心しろ、俺たちの仲だ。大丈夫だよな? ミケラルド……いや、ミックゥ?」


 あぁ、完全に俺の事わかってるな。

 この程度じゃ国に告げ口しないってわかってやがる。

 まったく、人の善意につけ込んでくるとは流石ギルドマスター様だ。


「それでミケラルドさん、本日はどうしてギルドの依頼を受けてくれたのですか?」


 まさかの初手ニコル。凄く……怖い。

 綺麗な顔して、闇のオーラでも纏っているのかと思う程だ。


「……はて?」

「確か、私をお食事に誘うために頑張って下さったと記憶していますが?」

「へぇ? ミックがニコルをねぇ? 下心満載じゃねぇか」


 なるほど、ディックに俺と一緒にいた理由を伝えるためにこんな言い回しをしたのか。


「勿論、私もそれ、、に気付いていました。職業柄、殿方の好意には敏感ですから」


 おかしい、そんなつもりは全くなかったのだが?


「ミケラルドさんからは、好意は一切感じませんでしたから」

「あー、そういう?」

「別の下心を隠している。そう感じ取りました。なので、普段はお断りしているお誘いも受けました。まずはこの理由をお伺いしたいですね」

「勧誘だろうな」


 当然、その理由をディックは知っている。


「ディック様、勧誘とは?」

「ミックは今、ミナジリ領に冒険者ギルドを建てようとしている。しかし、出来たばかりのギルドで職員が働きたいとは思えねぇ。ゲミッドには『ネムが欲しい』みたいな事言ってたみたいだが?」


 まぁ、ここは正直に言うしかないよな。


「はははは、実はネムに『ニコル先輩が行くなら行く』みたいな事言われまして……」

「なるほどな」

「そういう事でしたか。これは収獲ですね、ディック様」


 ニコルさんや、一体何の収獲だと言うのかね?


「あぁ、そうだな。こちらの武器が増えた」


 そういう事か。最悪、交渉材料にしてくるつもりだな?

 そちらがそうくるなら、俺もそれを交渉材料として使わせて貰おう。


「さて、ミック? ネムとの交渉をしたって事は、やっぱり昨日は俺より遅く出てるんだよな?」

「はて?」

「ミケラルドさんの本日最初の依頼受領は朝の八時です」

「はははは、そうかそうか。十時間とかからずリーガルに着いたって事はわかったな」

「うふふふ、そうですね。ディック様」


 まるで漫才でも見ているかのようだ。

 何で二人共、こんなに微笑みながら会話が出来るのだろうか。

 さて、ならこちらからも攻勢に出ようか。


「いやぁ、よく寝た、、、、ので、朝の準備運動でもと思っただけですよ。勿論、下心はありましたよ?」

「「っ!?」」


「実はもっと早く着いたぞ」。そう伝えるだけで、俺の実力に気付くはずだ。

 おそらく、答えに行き着くのはディックのが早いだろうが、この情報を与える事でそちらの武器を無力化したいところだ。


「ニコルさん、ミナジリ領に来ません? 領主権限で優遇しますよ?」

「……随分わかりやすい餌ですね、ミケラルドさん」

「これで釣れるとは思ってませんよ」

「では何故?」

「オプションにはなるでしょう?」

「ふふふ、そうですね」


 冒険者ギルドの職員であるニコルの給料を増やす事は出来ない。

 何故なら貴族といえど冒険者ギルドの給与には手を出せないから。

 なら外部からの優遇措置をとるだけ。免税、特権、住宅提供何でもござれ。

 しかし、俺は少なくともニコルの性格に触れた事はある。ならば、この手が通じないという事も理解しているつもりだ。

 ニコルは仕事に対し強い使命感を持っている人間だ。

 むしろ、これでニコルが釣れたら、こちらが肩すかしを食らってしまう。


「では、そのオプション……私が選ばせてくれませんか?」


 おっと? もしかしてニコルのが先に答えに行き着いたのか?


「……モノによりますねぇ」


 これでニコルが転移魔法に近しい情報に触れて来るのであれば、それで俺の勝ちとも言えるが、どうだろう。最初の段階で【交渉】能力を使っておけばよかったが、ここは真摯にいきたいところだ。失敗したら別の手を考えればいい。

 さぁ、ニコルが選んだものは?


「ミケラルドさんの秘密をお聞きしたいですね」


 ……そうきたか。

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