その136 謎の存在

「ギルド通信の情報が筒抜けぇえええ!? そ、それってどういう事ですかっ!?」


 俺の胸倉を掴み、肉薄するネムちゃんの吐息が何とも言えんですばい。


「まぁまぁ、落ち着いてよネム」

「これが落ち着いていられますかっ! す、すぐにゲミッド様に報告を――」

「――あれぇ? 誰にも言わないって言ってなかったかな~?」

「ふぎゅ!?」

「念を押して『本当に?』って聞いたような気もするなぁ~」

「むむむむむぅ……!」


 本当のところ、ゲミッドに報告するくらいならいいのだが、これは次回会う時、俺から言うべき話だ。


「そう焦らなくても【水晶】の試作品が出来たら、こっちにディックさんも来るんだろう? その時話した方がいいよ」

「でも……うぅ」

「ちゃんと説明してあげるからさ」

「本当ですかぁ?」


 素晴らしい上目遣いです。

 俺はにこやかにうんうんと頷き、ネムを落ち着かせた。


「あの【水晶】はマジックアイテムじゃない。付与魔法による効果だった」

「それって何が違うんですか?」

「マジックアイテムはそれ自体に効果があるんだけど、付与魔法はその魔法に効果がある。つまり、元々水晶自体には何の効力もないって事さ。つまり、『それっぽく見せてる』って事」

「なるほど、商品価値を上げるための行為……」

「で、その魔法自体を調べてみたらわかったんだよ。あれが光魔法と雷魔法の複合魔法――【テレフォン】だっていう事がね」

「【テレフォン】……聞いた事がない言葉です」


 そりゃそうだろう。地球こっちの言葉だからな。

 これを知った時、俺は【俺以外の転生者】の事が頭に過ぎった。

 しかし、そうともとれないのがこの異世界だ。こういった言葉が実際あるのかもしれないしな。

 まぁ、現状は保留だ。


「まぁ、テレパシーのような魔法だと思えばいいよ」

「わかりました」

「それで、このテレフォンの魔法には、第三者へ情報が届く仕掛けがあった」

「つまりそれって――」

「――そう、盗聴だ」

「た、大変です……」


 青ざめるネムの顔をしばらく見ていたいところだが、そういう訳にもいかない。

 また興奮しては大変だ。


「まぁそういう訳だから、変に今止めると困る訳さ」

「な、何でです?」

「俺の命が狙われかねない♪」

「何で嬉しそうなんですかっ!?」

「そんな事ないよ♪」

「絶対違いますぅ……」

「ネムがこれを発見したってのは無理があるだろう? ゲミッドさんに報告しても、ネムの言葉じゃギルドが重い腰を上げるとは限らない。でも、王商おうしょうであり貴族の俺が言えば、ギルドは動かざるを得ない。動いてしまえば、必ずどこかで俺の名前が漏れる。だから、ネムに今この話をゲミッドさんに話されるのは困るって事。【テレフォン】入りの【水晶】を作った謎の存在が俺に気付くのは困る。向こうからしたら商売の種を潰しにくる相手なんだからね。命を狙われるような真似は好き好んでするものじゃない。だから、俺は別の連絡手段を売るって訳」

「そうすると何か変わるんですか……?」

「俺が話すのはネム、ゲミッドさん、ディックさんだけ。匿名で【テレフォン】を売る契約をしちゃえば――」

「――あ、ミケラルドさんの名前は表に出ませんね」

「そ、入り方が違うだけで機密性が守れたり守れなかったりするんだよ」

「まだ言わないのは準備が出来てないから。準備不足で進むとミケラルドさんの名前が漏れてしまう……か」

「流石ネムちゃん、良く出来ました!」

「ほ、殆どミケラルドさんが教えてくれたんですぅ!」


 ふふふ、そうだと自覚していても褒められるのは慣れていないようだな。

 照れ顔が何とも……ご馳走様です!


「まぁ試作品は今日中に出来ると思うから、ギルドに帰ったらネムがディックさんと連絡とってよ。勿論、この事は伏せて呼んでね?」

「は、はい! 盗聴されてるなら招集の理由は気をつけないとですね!」


 馬鹿正直に『ミケラルドさんが【水晶】の代替品を売ってくれるそうですよ!』とか言われてはたまらない。

 がしかし、【水晶】を通して盗聴するとは恐れ入る。

 しかも世界の情報が集まる冒険者ギルドが相手だ。得ているのは金と情報。これを集めて【謎の存在】は何をしようとしているのか。これは、追々わかっていくのかもしれない。

 これまでの情報のやり取りこそわからないものの、【謎の存在】にはシェルフとリーガルの関係は伝わっている事だろう。出来ればミケラルド商店の話は聞き流してくれると助かるんだが、どうなる事やら。


「あぁそうだミケラルドさん!」

「ふぇ?」

「『ふぇ?』じゃないです! あの砦みたいなお城は一体何なんですか!?」


 そういやそんな事あったな。


「ミナジリ領の外壁だけど?」

「そんな事はわかってます!」

「ついに壊れちゃった?」

「そんな憐憫れんびんたっぷりの目で見ないでください!」

「俺の土魔法で作った領土の囲いだよ。領土のサイズがひと目でわかって楽でしょう?」

「だとしたらあの道路は何ですか!?」

「え、モンスターと戦ったりしたら魔法使うだろ? その魔法が偶然大地を抉っちゃったりするだろう? それが偶然、土塊つちくれ操作の魔法だったっていう……設定」

「設定って言っちゃってるじゃないですか!?」

「凄く強いモンスターに吹き飛ばされちゃってさ。土塊つちくれ操作を発動しながらここまで飛ばされちゃったんだよ」

「歩いてましたよね!?」

「………………はて?」

「『はて』じゃないですぅううううっ!!」

「あ、そうだ」

「何ですか!」

「コホンッ、おっとサマリア公爵家へご挨拶に行く時間だ。すまないね、ふふふふふ……」

「きゅ、急に貴族になるのずるいですっ!」

「貴族とは狡き者、商人とは狡き者、そしてミケラルドとはお調子者なのだよ、ネム君!」

「あ、ミケラルドさん! ミケラルドさぁああん!」


 応接室から聞こえるネムの声を背に、俺はサマリア領へと向かうのだった。

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