その127 大きな貸し

「――やまい? アイリス様が……?」

「左様にございます。此度の事件より少し前より、アイリスの体調が崩れ始めたのです。医者や多くの光魔法使いに診せましたが、病状が良くなる事はありませんでした」


 病気か……俺の知恵でどうにかなる訳じゃないが、聞くだけ聞いてみるか。


「差し支えなければ病状をお伺いしたく存じます」

「……瞳から光を失いつつあります。最早メアリィの姿がおぼろげだと」


 ディーンは強く拳を握りながら教えてくれた。

 失明間近となると、病状はかなり悪いようだ。

 ディーンの辛そうな姿を見てか、メアリィが強がるように言う。


「お、お母様は大丈夫です! いつも私にそう言ってくれます! お母様が大好きな蜜菓子みつがしを毎日持って行ってちゃんとお見舞いしてます! すぐによくなるんです! 薬さえ、薬さえ届けば……届けば……!」


 それを聞き、バルトの表情が曇る。

 確かにその話を聞くに薬はあるのだろう。だが、それを仕入れるのは誰か。

 当然、国を代表する商人であるバルトだ。それが届いていない。もしくは仕入れられない理由があるのだろう。

 しかし、気になるな。


「メアリィ様、アイリス様は甘い物がお好きなのですか?」

「え、そ、そうですっ。毎日持って行って食べてます! 甘い物を食べている時のお母様のあの嬉しそうな笑顔が……私は……大好きなんです……!」


 それはもしや、糖尿病から併発する白内障では?

 がしかし、これは素人判断だし、それを治療する術は俺にない。

 ここはファンタジー世界なのだ。ファンタジー世界ならそれを治す術が別にあるのだろう。

 現に薬の仕入れを任されているであろうバルトが、申し訳なさそうに頭を下げている。


「薬とは?」

「途方もない価値を持った薬です。商人ギルドでは【規制品】として扱われる貴重な品」


 商人ギルドのランクがAにならないと取り扱えない【規制品】か。

 ん? 待てよ? 確か商人ギルドから買った規制品のパンフレットの中に、確かそういったものがあったような……?


「実は、この後冒険者ギルドを介し、SSSトリプルSの依頼を出そうと思っておりました」

「トリプルの依頼という事は、それだけ難度の高い品。いや、もしかしたら可能かもしれませんよ?」


 多分アレの事だよな? 寧ろアレしかないよな? 今の内に出しておこう。


「出来ればミケラルド殿に依頼したかったのですが、何しろ相手が相手ですから……。こちらの依頼内容は【龍の血】。古より生きる五色ごしきの龍だけが体内に持つ超希少な品。これがあるだけでアイリス様は……――ん? ミケラルド殿? このポーションは?」

「【龍の血】を混ぜた【龍のポーション】です」

「ほぉ、これが…………ん?」

「ナタリーのエヘン虫には効きましたよ」

「ん?」

「ご希望の【龍の血】です♪」

「「な――――」」


 さて、耳だけは塞いでおくか。


「「――――何だってぇええっ!?!?」」


 リィたんから得た龍族の【固有能力】である【龍の血】。その効能は全ての病気を治癒する。アイリスが病気と聞いても思い出せなかったが、【規制品】と聞き思い出せたあたり、やはり私はミケラルド商店の社畜なのではなかろうか。

 しかし、まさかこんなところで活躍する事になるとは思わなかった。


「ここここここれが【龍の血】っ!? いや、しかし、まさか、何で!?」


 遂にバルトを驚かせる事が出来たというのは、オプション報酬だとでも思っておこう。

 本来ポーションは薄く青い液体だが、【龍の血】を混ぜる事でエメラルドのような緑色に変色した。【鑑定】で見る限り、回復能力、快復能力共に常軌を逸したまさに【規制品】。

 まぁ、これ自体は規制品じゃないんだけどな。何故なら【規制品】は【龍の血】であって、それを混ぜた【龍のポーション】は規制対象になっていない。

 だから商人ランクBの俺が持っているのだ。


「バルト! ほ、本物なのかっ!?」

「し、しばしお待ちをっ!」


 へぇ、バルトは【鑑定】の能力を持っているのか。

 流石はシェルフの大商人。目利きは人一倍出来る訳だ。

 ん? しかしそうなると……待て? バルトは俺の全てをその目で視た、、という事か? ……いや、これまでそんな素振りは見せなかった。それはおそらく自分の目で全てを見るという商人のプライドから。つまり、【鑑定】を発動している今のバルトが俺を見ると――――あ…………見られちった。

 まず震えた。次に涙を流した。そして……膝から崩れ去り気を失った。

 これは……後で謝罪しなくちゃいかんな。

 龍のポーションが割れないようにしっかり握って気絶してるあたり、流石はエルフの大商人だ。

 そんなバルトの反応から、ローディとディーンは見合って確信に至る。

 その目には、確かな喜びがあった。


「これは……ミナジリ卿に……いや、ミケラルド殿に大きな借り、、、、、が出来てしまいましたな」

「ローディ様。まずは、アイリス様にそれを。また後程お伺いします」

「感謝しますぞ……!」


 俺は踵を返し謁見の間を後にする。

 深々と頭を下げるディーンと、すすり泣いて喜ぶメアリィの感謝に見送られながら。

 この一件が、リーガル国とシェルフの同盟への決定打になったのは言うまでもない。

 俺がこの後しなくてはいけないのは、バルトへの言い訳、、、、、、、、

 これに尽きるだろう。

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