その93 二人のエルフ
「これでよしっと」
「ミ、ミケラルドさん……エルフの姿になんかなってどうするつもりです?」
「のんのん。今から私はマイケルです」
「ほ、本当にその姿で首都リーガルを歩くっていうんですか!?」
「いや、クロードさんも歩くんだからね?」
「は、早過ぎるのでは……!?」
「大丈夫です。今日はつよーい味方がいます」
「味方……?」
クロードが首を傾げた直後、店に来客があった。
それは、商品を買いにきたお客様ではなく、俺たちに会いに来た
外は当然騒がしくなる。何と言っても、騒ぐ程の人物がやって来たからである。
「ほぉ、君がクロード殿か。ならばこちらはミケラルド殿」
「マイケルとお呼びください」
「うむ」
「あ、あのミケラルドさん……このお方は…………?」
「サマリア侯爵――ランドルフ・オード・サマリア様」
瞬間、カウンターに頭を擦りつけたクロード。
「ほ、本日はお日柄も良く!!」
クロードのこういう一面は初めて見たかもしれない。
エメラの胆力が完全無敵なだけであって、どちらかといえばクロードの方が一般的感性を持っているのかもしれない。
「ははは、気にする事はない。今日は存分に語り合おうぞ」
「……はい?」
◇◆◇ ◆◇◆
「はっはっはっは! いやぁエメラ殿は本当にお美しい! クロード殿との馴れ初めを是非聞きたいものだ!」
「まぁ、閣下ったらお上手なんですね」
ランドルフと共に出掛けたのは、夜の首都リーガル。
そうだ、国からエルフが働く事を認められたのだ。ならば、そのエルフが首都リーガルを歩くのは問題ないだろう?
俺は護衛兼、周囲への警戒である。エルフの姿をしているのは、クロードだけに目が向かないためである。そう、「既にこのリーガルにはエルフが複数人いるんだぞ」と知らしめるためである。
クロードのように国家奨励従業員のバッジが無くとも、俺は自力で乗り切れるのだ。
そして、食事処でエルフに販売してくれない店が出ないよう、サマリア侯爵家が後ろ盾になる。
つまり、今俺たちは人間、冒険者、エルフ、国家、商店、子供と、様々な看板を背負いながら歩いている訳だ。
「マイケルー! 次はアレ! アレ食べよ!」
ナタリーの指の先には一件の屋台。
「おー、肉串かー! クロードさん! 次あの屋台にしましょう!」
「…………見られてますー。凄い視線ですー……」
びくびくしながら歩くクロードに、俺とエメラ、そしてナタリーは失笑する。
そんなクロードの肩に手をかけ、率先してエルフと交流をとるランドルフ。
「さぁ、クロード殿! あれは中々美味そうですぞ!」
まったく、この人の演技も中々だな。
誇張してエルフとふれ合う事で、より多くの人、より遠くの人にエルフの存在を見せている。
「主人、三本くれ」
「は、はい!」
俺の【危険察知】のおかげで、たとえエルフだろうが侯爵だろうが、毒を盛られる心配はない。まぁ、それ以上に【看破】の特殊能力があるのだが、さすがにランドルフに「レティシアの血を吸って手に入れた能力」とも言えないし、元々持っていたとも言えない。何しろ、ランドルフの目の前で【看破】の能力なんて知らないような
ともあれ、それが表に出なければ問題無いわけだ。幸いランドルフは俺の事を信頼してくれているようなので、疑問の声があがる事もない。
「む! 美味い! 美味いぞ主人! 財布はマイケル殿に預けてある。彼から受け取ってくれたまえ! ははははは!」
「はい、銅貨三枚」
「……あ、はい」
こうして、こちらから人間と繋がる事が出来る訳だ。
まぁ、ランドルフも忙しい身だ。一緒に行動出来るのは今日くらいだが、今日回った店は、今後も利用出来るようになる訳だ。何しろ、入店や購入を断れば侯爵家を敵に……いや、国家奨励従業員を断るのであれば、それは国家に背くという事に他ならない。
だが、他のエルフは別。そう思われるのは当然。
「むっ! これは美味しい! 母国に帰ったらこの店の事を伝えさせて頂きます!」
「うむ! 是非喧伝してくれたまえ! ははははは!」
と、エルフである俺とランドルフが先手を打っておけば、もうその店はエルフOKの店となる訳だ。
しかし、その心配は杞憂かもしれない。
何故なら――、
「そ、そこのエルフさん! うちでも何か買って行っておくれ!」
「侯爵様! こちらのパンは焼きたてですぞ!」
「お嬢ちゃん、美味しい飴だよー」
「奥方、どうです? 甘菓子を一つ」
「お、クロード! クロードさんじゃないか! さっき店で新聞買ったよ! うちのスープは最高だよー!」
行く先々の屋台で声を掛けられ、俺たちの後を追ってくる見物人までいるのだ。
これは最早、エルフが認められたといって過言じゃない。
まぁ、ハーフエルフまでは遠いだろうから、ナタリーはしばらく人間の姿なのだが、それも時間の問題と言えるだろう。
他のエルフが大通りを歩けるようになるというのは、そういう事なのだ。
――数日の後、シェルフの冒険者ギルドにギルド通信が送られた。
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