その87 謎のエルフ

 ◇◆◇ ニコルの場合 ◆◇◆


 最近は不可解な事がとても多く起こります。

 モンスターの目撃情報以外に、亜人の目撃情報が首都リーガルの冒険者ギルドに届きます。当然、危険な存在であればギルドとしても対処するのですが、見かけたのはエルフで、危機的状況の冒険者を助け、颯爽と去って行くというのです。

 名乗りもせず、見返りも求めず、エルフは冒険者を助けるだけ助けて現場から消えて行くそうです。

 これが一つ二つの噂話であれば、その内、風のように消えていきます。

 しかし、そうはなりませんでした。


「おい、読んだかこの号外、、!」

「あぁ、あのミケラルド商店が無料配布してる新聞だろう!?」

「この前はマッキリーに出没したみたいだな、《謎のエルフ》!」


 ――号外。

 あのランクA冒険者ミケラルドさんが営業しているミケラルド商店。そこでは週に一度、新聞、、なるものを発行しているそうです。

 正直……これが非常に面白い。

 先週の新聞は特に面白かったです。

 記事の内容は当然……謎のエルフについて。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ――閃光のエルフ――


 冒険者Rの証言によると、エルフは光と共にやって来たという。

 ランクCモンスター、グリーンワームを前に、冒険者Rは疲弊していた。

 それは、これまでの戦闘以上に、グリーンワームの強力な粘糸ねんしが冒険者Rの身体に巻き付き、その体力を奪っていたからである。粘糸が一本、また一本と冒険者Rを蝕み、ついには動く事すらままならなくなる。

 冒険者Rに近付くグリーンワームの大口。

 口元の無数の牙が蠢き冒険者Rの視界を覆う。

 腹の底から叫び、救援を呼ぶ冒険者R。

 だが、無慈悲にもその叫び声は虚空へと消える。

 冒険者Rの生への渇望は絶望へと変わる。

 神に祈りを、世界に別れを。

 冒険者Rが死を悟り、呟いた言葉は「母さん」の一言。

 頭半分がグリーンワームの口で覆われ、その牙が迫る時、光はやってきた。

 一瞬にしてバラバラになるグリーンワーム。

 渇望が絶望に、絶望が希望に変わった瞬間だった。

 粘糸にくるまった冒険者Rが、輝く陽光の中に見た希望とは。

「大丈夫ですか?」

 それは、何よりも冒険者Rを気遣う言葉。

 太陽に包まれた男は黒いシルエットだけを見せそう言ったのだ。

「あんたは、神様か……?」

 冒険者Rの言葉はただそのシルエットに対する疑問。

 自分の生と死の区別がつかない訳ではない。冒険者Rには、そのシルエットが神に見えたのだ。

 しかし、その疑問はすぐに払拭される。

「違います。私はただの……名も無きエルフですよ」

 そう言われた瞬間、冒険者Rは気付く。

 シルエットの輪郭。その耳は確かに尖っていたと。

 冒険者Rは亜人を好ましく思っていない。しかし、その時ばかりは違ったのだ。

「あ、ありがとう」

 自然と零れたその言葉。シルエットのエルフがほんの少し笑った気がした。

「困っている人を見捨てる事が出来ないだけです。それでは、失礼」

 名前も名乗らず。見返りも求めず。シルエットのエルフはそう言った。

 いつの間にか切られていた粘糸。おそらくあのエルフが切ってくれたのだ。

 起き上がる冒険者Rが周りを見渡すも、残っているのはグリーンワームの死体だけ。

 その死体を見て、冒険者Rは知った。

 ――夢ではない、と。

 謎のエルフは一体何者なのか。

 今後も謎のエルフの活躍が期待される。

 次回は、エルフの生態について迫っていきたい。


 我々は謎のエルフの動向を静かに見守り、皆に伝えていきたいと思っている。

 彼は既に、我らの心の中にいるのだから。 (著:クロード)


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 謎のエルフとは一体誰なのでしょう。

 そして、この記事を書いたクロードさんとはどんな方なのでしょう。

 ミケラルドさんの話では架空の存在ではないそうです。ミケラルドさんの情報収集能力は非常に優れていると言わざるを得ません。おそらくこの冒険者Rというのはマッキリーで活動するレッドさんの事でしょう。最近はいつものパーティを解散して、一人でモンスター討伐をしているという話を聞いてます。

 ここは冒険者ギルド。冒険者伝手で色々な情報が届きます。ましてやここは首都リーガルです。リーガル中の冒険者は大抵ここに集うのですから。

 それにしても、ミケラルド商店は本当に面白い場所です。

 シェンドの町のネムから話には聞いていましたが、こうも珍妙な事ばかりされると、私も気になって仕方ありません。

 最近では毎日リーガルにいらっしゃるようですが、昨日のネムとのギルド通信ではシェンドの町にいると言ってました。ランクAの冒険者では出来ない芸当です。何せ、首都リーガルからシェンドの町までは普通の人間が歩けば四日の道程。

 馬を使ったとしても二日はかかる距離です。では、つい先程いらっしゃったミケラルド様は一体?

 当ギルドマスターのディック様は元ランクSの冒険者。彼でさえシェンドの町に向かうのは一日半はかかります。いえ、ミケラルドさんはそのディック様に勝利なさいました。それはもう圧倒的に。それだけの実力ならば、その速度も納得出来るというものでしょう。

 実力といえば、以前彼に相談を受けた事がありました。

 ――あれは、ミケラルドさんがリーガルのダンジョンから帰って来た時の事でした。


【えっと、俺はこの魔導書グリモワールを商品としてミケラルド商店で売るつもりです】


 魔導書グリモワールを二十冊なんて、最初は冗談かと思ってましたが、ギルドに依頼が入る度に彼は納品にやってきます。

 この話を聞いた時、私は再び商品の値段をつり下げるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。彼は真摯にこちらの利益も考えてくださり、常に周囲の富……いえ、心の豊穣を願っている。そんな印象を受けました。


【それ以外にも手はあるんじゃないかなーって思って】

【というと?】

【当然、予め魔法を魔導書グリモワールに込めてから販売するという手段です】


 彼が何を考えているのかわかりませんでしたが、私は彼に伝えました。「余程珍しく有能な魔法で無い限り、空の状態で売った方が儲けは出ます」と。何故なら魔導書グリモワールを購入出来る程の資産を持った方は、それ以下の価格で希望する魔法を持った者に依頼して魔法を込めてもらう事が出来るからです。場合によっては魔法を込めた方が安くなるという事も考えられるのは明白でした。

 そう説明すると、彼は少し悩んだ後、「う~ん、なら違う手を使うか」と開き直っていましたが、あれは一体どういう意味だったのでしょう。

 あら? 何やらギルド内が騒がしいですね? 考え事をしていて気づくのが遅くなってしまいました。

 気を引き締めなれけば。こんな半端な仕事をしていては、ネムに示しがつきません。


「おい、また号外だぜ!」

「謎のエルフが今度は飲み水がなくて干からびそうになった商人を助けたって話だ!」

「飲み水ぅ? 何で商人がそんなヘマを?」

「モンスターに襲われて逃げたけど、持ち物を運んでる暇はなかったそうだ」

「それじゃあ謎のエルフが飲み水を?」

「いや、魔法、、だ。ウォーターの魔法を使って商人を助けたって話だ!」

「水魔法だって!? 滅多にお目にかかれない貴重な魔法じゃねぇか!」

「本当にすげぇな謎のエルフ! 水魔法があれば農耕もしやすいし、飲み水にも困らない。あんな魔法が使えたら、将来的に超お得ってやつじゃねぇか!?」


 確かに。川から水を、井戸から水を運ぶ労力は非常に大変です。

 それを指先から出せるなど、生活魔法として非常に珍しく有能、、、、、、、、な――あら? どこかで聞いた事のある?


「た、大変だ!」

「何だよ、号外の話ならもう聞いたぜ?」

「違う! ……ミ、ミケラルド商店が……ウォーターの魔法が入った魔導書グリモワールを…………白金貨一枚で売りに出した」


 ……そういう事でしたか。

 口にも顔にも出しません。けれども、こう思わせて頂きます。

 ミケラルド商店、恐るべし、と。

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