その85 ミケラルドの演舞
「そ、それは一体どういう事です?」
少しだけ動揺した俺に気付いたのか、ドマークは手を前に出して俺を諫めるように言った。
「勘違いなさらないで頂きたい。私はただミケラルド殿の根本について、私見を述べただけです」
「……根本?」
「本来、商売人とは己の利益を求めるものです。先程の話を聞いて確信しました。ミケラルド殿が目指すものは商売人としての欲ではない」
「へ?」
「
「………………あ、紅茶美味しかったです」
なるほど、ちょっと飛躍して話しすぎたか。
そりゃそうだよな。
「先の話、欲が無いと言い切ればその通り、しかし、見方を変えればそれはとても大きな欲だとわかりました」
「はて?」
「ミケラルド殿、あなたは己の利益ではなく、世界の利益を求めていらっしゃいますな?」
「紅茶おかわりいただけます?」
「世界から貧困を無くそうとする。正に王の歩み……なるほど、これがミケラルド殿の根本でしたか」
「あ、蝶々っ」
「ふふふふふ、まだこういう緊張に慣れていないと見えます」
ようやく察してくれたか。
「蝶々なんていない」と言われたらどうするか悩んでたところだ。
「この際です、腹を割って話そうではありませんか」
「これ以上何を?」
「実は私、とある方の依頼にてミケラルド殿を見分させて頂きました」
「……それ、絶対リーガル王家からの依頼ですよね?」
「さあ? 依頼人の名前は明かせませんな」
リーガル王は俺を
くそ、まんまとドマークの掌の上でヒップホップを踊っちまったぜ。
この場は、近所付き合いの場ではなく、相互利益を模索する場でもなく、俺が
謂わば、
これはおそらくサマリア侯爵のランドルフも知らない事だろう。
「はぁ~……」
「はっはっはっは! 中々深い溜め息ですな」
「商売人としてドマークさんに勝てないのはわかりましたよ。挨拶だけしてさっさと帰ればよかったです」
「ふふふふ、心配なさらずとも、ミケラルド商店が
「今、依頼人を明かしたようなものでは?」
「名前は明かせませんよ?」
すっとぼけた狸みたいな顔でドマークは言った。
なるほど、中々にむかつき、中々に愛嬌のある良い顔じゃないか。ちょっとその頬つねらせてくれ。マジで。
「……それで、剥奪されないというのはどういう意味で?」
「先の
こう伏せるって事は、「あの一件」とは公爵家の、アルフレドの一件の事。
まぁ、それがあるからこそ俺はランドルフの口添えで
「依頼人の恩人であるミケラルド殿。それを無下に切る訳もなく。まぁミケラルド殿の展望が知りたかっただけなのでしょう。がしかし、私からの報告が重要な事も確か。何か依頼人に伝える事があれば承りますが?」
「はぁ……では一つだけ」
「はい」
「『いつかお会いしましょう』と」
「ふふふふ、結構です。とても面白い土産話が出来ました。あ、紅茶のおかわりでしたね。今持って来させます」
俺としては早く帰りたかっただけなのだが?
「そうだ、ミケラルド殿」
「まだ何かあるんです?」
不満気な俺の様子に、ドマークは少しだけ失笑するも、一つ咳払いをして顔を元に戻した。
「どうです?
困っている? 一体何の事だ?
「どういう意味です?」
「
確かに、今リィたんがシェンドの町で倉庫番をしてるなんて、本当なら考えたくない事だ。俺はドマークに向かってコクコクと頷いた。
「では、一度リプトゥア国に行ってみる事をおすすめします」
「へ? 何でリプトゥア国に?」
「この世の中です。従業員を雇っても、その従業員が裏切って盗品を横流しする事もままあります。当然、雇い主としてはそれを見過ごせないでしょう?」
「えぇ、確かに」
「リプトゥア国ならばそれを解決する方法があります」
何だ?
リーガル国になくてリプトゥア国にある解決法とは?
『失礼します』
俺が悩んでいると、入って来たのは先程のダンディズム。
ドマークは俺をニヤリと見た後、その男を見たのだ。
まるで、「この男をよく見ろ」と言わんばかりに。
それがわからない俺ではない。俺が男を凝視すると、首元の異変に気付いた。
目を凝らせば、男の首元には魔力が集中していたのだ。
これはこの男の魔力ではない。これは首のチョーカーが発する魔力。つまりこれは、マジックアイテムだという事がわかる。
この情報から導き出される答えは一つだった。
「お気づきになられましたか」
……なるほど、奴隷か。
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