その46 小金持ち

 その後、サマリア候は身内を嘆くように大きな溜め息を吐き、シュバイツを見た。


「いつも言っているだろう。平民だからと、冒険者だからと、偏った見方をするなと」

「は、はっ!」

ミケラルド殿、、、、、、に謝罪を」

「は?」


 ついにサマリア候が俺を罪人として見なくなった。

 そして、シュバイツに俺への謝罪を命じたのだ。

 シュバイツは「え、俺が? 冒険者に?」みたいな顔である。

 階級社会ってこういうところあるから好きじゃないんだよな。


「謝罪を」


 止まる気配はなさそうだ。

 口を開かないシュバイツに、サマリア候は言葉を続けた。


「シュバイツがミケラルド殿の立場だとしたら、この場で謝罪がなければ、遺恨を必ず残す。そう言い切れないというのであれば、口を閉じているがいい。私も強制は出来ぬからな」


 ……結局シュバイツは、最後まで口を開く事はなかった。

 それがわかっていたのか、サマリア候の処置は非常に簡潔だった。


「シュバイツ、我がサマリア侯爵家の騎士の任を解く。陛下には私から報告しておく」

「ランドルフ様!」

「新天地での活躍を祈る」


 サマリア候改め、ランドルフは少しだけ目を伏せた後、顔を崩さずシュバイツを見る。

 正に蛇に睨まれた蛙。シュバイツは完全に委縮してしまっている。

 凄いなこの人。侯爵だからってそこまでやってしまうのか。

 いや、でも侯爵家の看板に泥を塗った相手ならば仕方ないのか。流石に貴族階級を奪えはしないだろうしな。


「そこの兵士、名をなんという?」

「はっ! マックスです!」

「マックス、ミケラルド殿の拘束を解きなさい」


 マックスは立ち上がり俺に近付く。

 だが――、


「それには及びません」

「ほぉ?」

「よっと」


 俺は手錠をねじ切り、皆の目の前で拘束を解いてみせた。


「なんとっ?」

「まぁ……」

「凄い……」


 ランドルフ、リンダ、レティシアはそれぞれ違った驚きを見せ、奥にいたレティシアの兄であろう人物、そしてシュバイツは言葉を失っていた。


「ミケラルド殿、貴公はいつでも逃げられるというのにここまで来たというのかね?」

「……必要だと、思いましたから」


 そう言いながら、少しだけレティシアを見る。

 この視線には、ランドルフとレティシアだけが気付いたようだ。

 すると、ランドルフは少しだけ微笑み、手をあげる。


「うむ、この件に関してはこれにて幕とする」


 奉行所の裁判みたいな感じだったな。

 しかし、サマリア候ランドルフの公明正大さがよくわかる一幕だった。

 その後、シュバイツは真っ青な顔をしながらフラフラとどこかへ消えてしまった。

 マックスは兵士たちをまとめ、今日泊まる宿に向かった。

 そして、俺はサマリア侯爵家の執事に呼び止められ――、


「こちらはレティシアお嬢様を救って頂いたお礼でございます」


 八十路やそじは超えているだろう老人に、小さな革袋を手渡される。

 やけに軽かったが、それならと思い受け取る。


「ありがとうございます」

「明日、またこの時間においでくださいませ」

「というと?」

「ランドルフ様がミケラルド様の事を気に入ったとの事です。是非お話がされたいと」

「わかりました。明日の……何時です、今?」

「では、午後三時にお越しくださいませ」

「はい、では明日」


 執事の男は深く頭を下げ、俺を送り出した。

 さて、俺は……行く当てもないし、マックスのところに行くか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 宿併設の食事処。

 俺とマックスは、テーブルで軽食と飲み物を飲みながら話していた。


「は? 侯爵家にお呼ばれされたっ!?」

「声がでかいよ。あと身体も」

「身体は関係ないだろう!」

「身体がでかいよ。あと声も」

「順番の問題じゃない!」


 いいな、こういう友人の存在ってのはありがたいものだ。

 俺が微笑みながら、飲み物をテーブルに置くと、マックスはじっと俺を見てきた。


「……何だよ?」

「だったらその服を何とかした方がいいな」

「あぁ、やっぱりまずい?」

「完全にな。よし、この後付き合ってやろう」

「おー、そりゃ助かる。あ、でも金がないな」

「礼金を貰ったんだろう? それで買えばいい」

「え、でも少なかったぞ?」


 と言いながら、俺は貰った革袋の中身を出す。

 出て来たのは、十枚の金貨。

 レティシア一人救って十万円か。まぁ税金は無駄に出来ないしなぁと思ってた瞬間、マックスが血相変えてその金貨を集めて革袋に戻した。

 そして勢いよく俺の胸元に押し付け、握らせた。


「どうしたんだよ?」

「お、お前……白金貨はっきんかを知らないのかっ」


 珍しくマックスが小声で言い迫る。

 白金貨……確かに普通の金貨より銀色が強い気がする。


「え、もしかして金貨より価値あるの?」

「それ一枚で、金貨百枚分だ」


 一枚で……金貨百枚分だと?

 それならこれは、『いっせんまんえん』というやつではないか?


「お、おう……」

「はぁ、流石サマリア侯爵家。懐の大きさが違うな」


 という流れで、俺はマックス付き添いの下、小金持ち気分で買い物に行く事になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る