その27 はじめてのおつかい

「おい、おいおいおいおい! リィたん! いつまでコボルト狩るつもりだよ!?」

「何を言う? まだ始まったばかりではないか?」

「既に終わってるんだって! 何だよ!? コボルトの耳がすでに四十、、対あるんだぞ!? 討伐ノルマの十倍じゃないか! もう帰って大丈夫なんだよ!」


 冒険者ギルドが貸してくれた麻袋を手に俺が叫ぶ。

 因みに相当大きなサイズの麻袋だ。必要ないとは言ったんだが、リィたんが大きいサイズを選んだ。まぁ、これだけ狩れば、このサイズも必要になるだろうな。まだ余裕は全然あるのだけど、これはそういう事なのだろうか。


「慌てるなミック。む、あちらにコボルトらしき反応があるぞ! 私に続け!」


 駄目だ、まるで人の話を聞いてない。

 これで冒険者ギルドに帰れば、かなり悪目立ちするのではないか?

 依頼を受けた事で、エメラには「先に帰っててくれ」とは言ったけど、俺も一緒に帰ればよかった。

 因みにコボルトというモンスターは、非常に小さい犬型のモンスターだ。嗅覚が鋭いという特性はあるものの、それ以上の存在がこちらにいるし、速度で圧倒的に勝ってるから、狩るには困らない。

 というか、ランクGの依頼なだけあって、一般男性であれば、数匹くらい余裕だ。


「よし、ミック! コボルトの耳をとったぞ!」

「とるだけじゃ駄目なの! 倒さなくちゃ意味がないの!」

「殺害した!」

「早いよ!」

「ふふふふ! ミック! 冒険者とは楽しいものだな!」


 あなたの場合、殺戮が楽しいのでは?

 そう思ってしまった俺を、どうか許して欲しい。この後リィたんは、俺の予想を覆すかのような一言を言ったのだ。


「コボルトの耳が増えれば増える程、ミックの願い、、に近付くぞ!」

「え……?」

「なんだミック? 依頼書の確認をしなかったのか? コボルトの耳四対で銅貨八枚。以降一対ごとに銅貨二枚だぞ!」

「えと……つ、つまり、お金を稼げば稼ぐ程、俺が天寿を全うする事に近付くって事?」

「ん? そう言ったつもりだが?」


 え、何この子。超可愛いんですけど?

 きょとんと小首を傾げる仕草のなんと無垢で愛らしい事か。

 やべえ、ちょっと涙腺決壊しそう。

 だ、だが! ここで情けない姿を見せる訳にはいかない。

 俺は、リィたんに気付かれないように、目元を拭い、頭をかぶり振った。


「お、おう! そうだなリィたん! 頑張ろうな!」

「当然だ!」


 単純に依頼を多くこなしてランクアップすれば、徐々に難度の高い依頼……つまり、高報酬の依頼に辿り着けるという答えは当然ある。

 しかし、リィたんはまだそこまで理解していないのだろう。目標に一直線が故に、ここまで頑張っているのだ。

 ここで、別案を出すのは愚の骨頂だろうな。


「……むぅ」

「どうした、リィたん?」

「すまないミック。どうやらもうこの辺にはコボルトはいないようだ」


 しゅんとするリィたんマジかわゆす。

 ここらで言うのが正解かもしれないな。日も暮れてきたし、丁度いいだろう。


「うん、大丈夫だよ! それじゃあ冒険者ギルドに戻ろう。もしかしたら一気にランクアップ出来るかもしれないね!」

「おぉ! そういうものだったか! それでは戻るとしよう!」


 嬉々として大きく手を振り、そしてシェンドの町を指差すリィたん。最初は怖い相手だと思っていたが、こうして長く行動を共にすると、色々わかってくるのは、やはり人間だけじゃないって事だよな。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……百八十七対です」

「うわぁ」


 当然、俺の溜め息交じりの肉声も漏れてしまうというものだろう。

 見ろ、この受付嬢の目を。「この短時間でどうやってこれだけの数の耳を調達したんだ、お前? というか狩ったのか? ズルでもしたんじゃねぇのか? いや、そもそもどうやってズルするんだ?」的な目を向けてるじゃないか。

 言葉遣いは俺仕様だが、多分そんなニュアンスだ。


「これは……しょ、少々お待ちください」


 凄いな。ランクGの依頼で受付嬢が上司に確認に行ったぞ。

 えーっと四対で銅貨八枚、以降一対につき銅貨二枚だから、すんなりと依頼完了となれば、三百七十四枚の銅貨を得られるはずだ。

 因みに、銅貨は十枚で銀貨一枚となり、銀貨は十枚で金貨となる。

 エメラの話や、町で色々見た感じ、体感で銅貨一枚で日本円にして百円といったところだろう。だから銀貨は千円、金貨は一万円って感じだな。

 コボルト四匹で八百円かよ。とも思うが、ランクGの依頼なんて、こんなもんなのだろう。

 エメラの話では、本業や移動のついでにやるのがランクGの依頼なのだそうだ。

 家がない人からしたら、相当きつそうだな。

 まぁ、それで俺たちは、今回金貨三枚、銀貨七枚、銅貨四枚の報酬がある計算な訳だ。依頼書通り支払われるかはわからないけどな。


「お待たせしました、これが今回の報酬です」


 へぇ、流石冒険者ギルド。ちゃんと支払われたか。


「ミケラルド様、リィたん様。異例中の異例ではありますが、本日付で、お二人はランクFとなりました。おめでとうございます」

「おぉ! やっぱり上がったか!」

「ふふふ、やったなミック!」


 リィたんは素直に喜んでいたが、俺からしたら、上がらない方がおかしいと思っているところもある。


「あら、ミケラルド様?」

「うぇ? 何ですか?」

「お口のところに血が……?」

「あ、あぁ! さっき転んだからでしょうね。切っちゃったみたいですね! あは、あはははは!」

「そうですか。お気を付けください」


 ……やべぇやべぇ。まさかこれがモンスターコボルトの血だってバレたら大変だしな。

 そう、俺はモンスターの血を吸ってみたのだ。

 アンドゥの血だって吸えるのだ。コボルトを噛むなんて抵抗ある訳がない。

 そして、やはり手に入れた固有能力。

 コボルトの固有能力【嗅覚】。ドゥムガの【嗅魔】とは違い、魔力の臭いではなく、単純な臭いを判別する能力が得られるようだった。モンスターにも俺の能力が発揮されるようで、一安心だ。

 リィたんの話だと、どうやらモンスターには固有能力しかないそうだ。勿論、例外はいるそうだが、大抵のモンスターは固有能力のみという認識で間違いないそうだ。

 ギルドカードの更新を終えた俺は、周りの冒険者たちの奇異の視線から逃れるように、冒険者ギルドを出ようとした。


「ミック」


 が、しかし、


「ランクFの討伐依頼はこんなにあるぞ!」


 大海獣の手は物凄い力で俺の肩を掴んだのだ。

 ふむ、今日は帰れそうにないな。

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