第91話 12-7

 空が黄金色に染まり、外には下校中の子供の声が聞こえる頃。

古ぼけた教会の中、フランク・ヴァリンは教会内の掃除に勤しんでいた。


「ふぅ……」


 牧師服の上からエプロンを着て、床にこびりついた汚れを一生懸命拭き続けている。

彼の体はやや汗ばみ、顔は少々紅潮していた。


「いつもご苦労様です、ヴァリン牧師」


「いえいえ、これも私の勤めですから」


和やかにシスターと話すフランク。”儀式”以降も変らずに礼拝や聖書研究、炊き出しなどに精力的に行っていた。

周りから見た彼の姿は、敬虔な牧師そのものであった。


「まあまあ、ひどい隈。あまり夜遅くまで起きて居ちゃ駄目よ? 勉強熱心なのは分かるけど」


「ええ、ありがとうございます、シスター。 ……ところで、今日はお孫さんの誕生日会では?」


「ああ、そうそう! ウチの可愛い孫ったら、今日で8歳になるのよ。 昨日まではハイハイしていたと思ったら、もう小学生になって! 時間が経つのって、本当に早いわよねぇ~。私もすっかりおばあちゃんになっちゃったわよ!」


「貴女はまだまだお若いですよ。 ……時間は大丈夫なんですか?」


 フランクはちらりと腕時計を確認して、シスターに声を掛ける。

シスターははっとした表情になって、慌て始める。


「あら、嫌だ、私ったら! 急いで帰らなきゃいけなかったのに! じゃあ、お疲れ様、ヴァリン牧師!」


「ええ、お疲れ様です、シスター」


 パタパタと足早に礼拝堂を出て行くシスターを見送ると、再び床掃除に取りかかるフランク。

5分程して、木製の扉を開く音が礼拝堂内に響いた。


「忘れ物ですか、シスター?」

 

 普段なら人が来ない時間帯。フランクはてっきり先ほど出て行ったシスターが忘れ物でもしたのかと、四つん這いの状態から振り返る。

そこには老いたシスターではなく、若い男女の姿があった。その2人組はジュリとジョン兄妹である。


「ええと、説教なら今日は終わりなのですが。告解ですか?」


「いえ、今日は別の理由で来たのよ」


 大きな黒革のボストンバッグを持ち、それに合わせたように黒革の上着を着て膝上のスカートの女、ジュリが答える。


「えっ?」


 フランクは突然の訪問者に驚き、動きを止める。

少しの間、フランクと男女2人組の間に沈黙が流れる。


「4件目でようやく当たりね。アナタ、最近おかしなことをしなかった?」


「はぁ?」


「最近ニュースで騒いでいる、連続少年少女殺人事件は知っているでしょう? その被害者から出た証拠と同じ臭いがするのよ。 この場所、そしてアナタからね」


 フランクの額に冷や汗が流れる。だが彼の口はつぐまれたままだ。


「”天使”について教えて欲しいわ ……まあ話すつもりがないなら、無理にでも話してもらうけど?」


 だがフランクは答えない。しびれを切らしたのか、ジョンの方が首に手を掛けると片手だけでフランクの体を持ち上げる。


「アンタが死のうが生きようがどうでも良いが、俺の仕事を増やさないでもらえるか?」


 フランクの体が宙に浮き、足をばたつかせてジョンの手を掴み、その手から逃げようともがく。

だが、ジョンは手を緩めることはない。段々とフランクの顔がうっ血し、その抵抗も段々と弱くなっていく。


 その様子を見て、ジュリはジョンに目配せをする。そしてジョンがその手を離すと、フランクの体が人形のように床に転がり、フランクは激しくむせながら金魚のように酸素を求めて口を大きく開けたり閉じたりする。

床に転がるフランクに、ジュリはしゃがみ込んで問いかける。


「ねえ、もう無関係な子供が8人死んでいるのよ? ここで正直に答えないともっと死ぬわよ」


 フランクは激しくむせながら、頭を少しだけ振ると一拍置いて答える。


「わ、分かっていたさ……か、彼女が、子供を殺し続けてるって。 私は彼女を止められないって……」


「彼女?」


「わ、私の”守護天使”だった、セラのことさ」


 フランクはぽつり、ぽつりと小さい声で話し始めたのであった。

 

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