第60話 10-3

 警察より依頼を受けた4時間後、夕闇が迫る群馬県の平ヶ岳の麓に立つ2人組の姿があった。

その2人組は

「毎回、警察って急に依頼するわね」

大型チェーンソーを背負い、右手には蝶の装飾がされた漆黒のドレスグローブをはめ、胸に着けたライトを確認するジュリと、


「俺たちに対する嫌がらせかと思うよな」

大声で笑い、腰に革製のポーチを身につけ、散弾銃を手に持つジョンであった。


「ナオミとダリオが消息を絶ったのは、山のこの辺りね」

ジュリはジョンの前に地図を広げると、ジュリは指で指し示す。

そこは山の中腹辺り。


「この地点まで、どのくらい掛かりそうだ?」


「普通に歩けば、3時間は掛かるわね。 ……獣道をまっすぐに行けば、2時間」


「そうか。じゃあ、獣道を突っ切るぞ」


「暗い獣道は、危ないわよ?」


「その獣道より、危険な場所に行くんだぞ。何か問題が?」


「ないわね。 ……なら、早く行きましょう」

ジュリはクスクス笑いながら、薄暗くなった獣道に入る。その後ろを散弾銃を背負ったジョンが続く。


 獣道は薄暗く、湿っており、ジョンは何度も足を取られて転びそうになる。その前を、軽やかな足取りで進むジュリ。


「兄さんが、こんなに足を取られるなんて珍しいわね?」

ジュリは目の前の草をかき分けながら、ジョンに振り返る。


「今日は新しいブーツだからな。履き慣れてないんだよ」


「前のはどうしたの?」


「帝都大学の”消毒”されたときにな、一緒に消毒されちまったよ。お気に入りだったんだけどな」


「あら、残念ね」


「俺はバイキンじゃないのにな」

2人して笑いながら、ジュリとジョンは獣道を行く。


 

 獣道を登り始めてからちょうど2時間が経ち、2人は目的地である屋敷の前へと立つ。

その屋敷は、鬱蒼とした山の中に隠れるように建てられていた。見た目は古風な武家屋敷のような佇まいであり、辺りからは普通ならば居るであろう、動物の鳴き声が1つも聞こえなかった。


「ここが例の屋敷みたいね。見た感じは、あまり古くはなさそうだけど」

ジュリは屋敷の壁を観察する。その壁は、多少の埃で汚れてはいたが、指で擦ると真新しい下地が現れた。


「確実にまともな場所じゃなさそうだな。取りあえず、中に入るか」

ジョンは散弾銃を構えながら、ゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れる。その背中を守るように、ジュリは大型チェーンソーを構えて、ジョンの後に続く。


そこは木製の廊下、白塗りの壁、不思議な装飾が為された天井。それが玄関より延々と続いていた。


「人の気配はしないのに、明かりが点いてるな」

廊下に等間隔で設置されている灯籠が、辺りを明るくしていた。

ジョンがその灯籠の中を見てみると、中にはロウがほとんど溶けていない火の着いたロウソク。


「たった今、火を点けたばかりっていう感じね」

ジョンの横から、ジュリも灯籠の中を覗き込む。

そしてジュリは、延々と続く廊下の奥に目を向けるのであった。

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