第23話 5-2

ジュリたちは目の前を走る軽自動車、そしてその天井から後ろを追う黒い上半身だけの人型を見据えていた。

上半身だけの人影は長い髪を振り乱し、トンネルの天井をバタフライで泳ぐような格好で軽自動車との距離を詰めていた。

軽自動車の人間も、後ろの異形に気がついたらしい。異形から逃げようとアクセルを大きく踏み込み、速度を上げる。

その人影が通った後の天井は、ナメクジが通った後のように、黒い跡が延々と続いていた。


ジュリたちも車と異形に追いつくべく、アクセルを大きく踏み込んだ。


「なかなか早いな。あの”黒ナメクジ女”は」


ジョンはちらりとメーターを見る。スピードメーターは120kmを差していた。ジョンは忌々しそうに、天井を泳ぐ黒い人影、”黒ナメクジ女”に視線を向けた。


「また、変なあだ名をつけて……それにしても、道路は封鎖しておいたのに、なんであの車は入ってきたのかしらね?」


ジュリの髪とスカートが風でなびく。


「さあ? 肝試しにでも来たんじゃないか?」


ジョンは呆れた声を出しながら、異形に追いつくべくさらにアクセルを踏んだ。


スポーツカーが黒い影の後ろに着くと、ジョンはジュリに声を掛ける。


「ジュリ、ハンドルを頼む」


そう言うと、ジョンはハンドルを離すと胸からマグナムを抜くと、”黒ナメクジ女”に向けて狙いを付ける。

数発、重い音がトンネル内を大きく残響する。弾丸は黒ナメクジ女の頭部と胸にあったが、動きを止めない。当たった部位は少しはじけたが、ゆっくりとその部位が回復していくのを、遠くからでも見ることが出来た。

目の前の軽自動車はその音に驚いたのか、やや蛇行運転するが、すぐにまっすぐ走り出した。リアウィンドから中の人数を確認すると、どうやら軽自動車には3人乗っているようであった。


「あまり、効いていないみたいね」


「みたいだな。ハンドルを返してくれ」


助手席から身を乗り出してハンドルを握っていたジュリは、兄の言葉に従う。


舌打ちをしながらハンドルを握ったジョンに対し、前方を見ていたジュリは、何かに気がついたらしく声を上げる。


「ところで、このトンネル、さっきよりも長くないかしら?」


「ああ、出口がずっと遠くまでに見えるな」


怪異を見つけてから、ジョンがジュリからハンドルを返してもらうまで、時速100km以上の速度の走行が8分ほどは経過していていた。

 ここ高山トンネルは全長1.5km程であり、この速度なら1分で通過できるはずだった。

しかし、前方を見ても出口との距離が縮まる様子はなかった。それどころか、出口が逆に遠ざかっているような感覚に2人は襲われていた。恐らく、前に走っている軽自動車の人間も同じような感覚に襲われているのか、パニックになっている様がリアウィンドを通して見て取れた。


 ジュリたちが軽自動車に追いつき、そのまま軽自動車の右側に着こうとした時、今まで天井を泳いでいた黒い人影に変化が訪れた。

一瞬、黒い人型が大きくひしゃげてかと思うと、天井を跳ねて軽自動車のルーフに飛来したのだった。

軽自動車のルーフは衝撃で大きくへこむ。そのへこみの中で水たまりのように蠢いていた黒ナメクジ女は、ゆっくりと下半身のない人型に体を整える。


 人型に戻った黒ナメクジ女は助手席のドアを叩き始める。軽自動車の車内はパニックになり、再び蛇行運転し始める。

ジュリは大型チェーンソーのエンジンを吹かすと、座席から立ち上がる。


「助かりたければ、早くドアを開けなさい」


立ち上がったジュリは車内の人間を見渡す。運転席には中年の男、助手席には男の妻らしき女、後部座席には小学生ぐらいの少女が乗っており、助手席を叩く異形に恐怖していた。

後部座席に座っていた少女は、併走するスポーツカーから立ち上がり、チェーンソーを構えていたジュリにも恐怖しており、固まっていた。しかし助手席の窓ガラスが割られるのを見て我に返ったらしく後部座席のドアを開けた。


「今、助けるから」


少女を救うべくジュリは手を差し伸べるが、その手は蛇行運転によって阻まれたのであった。

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