怪異に乙女とチェーンソー

重弘茉莉

第1章 舞宇道村(ぶうどうむら)

第1話 1-1

春のうららかな日、奏矢そうやジュリはここ、舞宇道村ぶうどうむらに訪れた。運転席から、ここまで運転してくれた依頼者である、浦河 智也 うらかわ ともやが降りる。


「奏矢さん、着きました。ここが俺の家です」


智也は目の前の一軒家を指差す。2階建ての一般的な建物である。


「……」


ジュリはそのショートカットの黒髪をかきあげると、助手席から降り立つ。


「妻を……リオをお願いします……」


ジュリは無言でその碧眼を智也に向けると、手に持った大型チェーンソーの燃料を確認する。


「リオ……無事で居てくれよ……」


智也は猟銃を車から下ろすと、構えながら自身の家のドアを開ける。そのドアは大きく割られ、もはやドアのていを成していなかった。一歩中に入ると、そこには玄関から大量の泥まみれの足跡が室内に続いていた。


「リオー!」 


玄関から大きな声で、智也は自身の妻へ声を掛ける。

返事は、ない。しかし、その声に反応してか、居間の方から飛び出してくる、男が1人。


「うっ……」


智也は呻いた。その男の容姿は、体が不自然に膨れあがり、所々から体液が漏れ出していた。左目は落ち、変色した右目だけでジュリたちを捉えている。まさしく、動く死体と言ったところか。


 ジュリはチェーンソーの刃を回転させると、その男が突きだした腕を薙ぎ払う。男の両腕は床に落ち、赤茶けた液体がこぼれ落ちる。ジュリはさらに倒れ込んでくる男に足払いをすると、倒れた男の首へ目掛けて、チェーンソーの刃を振り下ろした。


 男の生首が床に転がり、首と胴体から溢れた赤茶けた液体が水たまりを作る。辺りには鉄さびの臭いと生臭さが広がった。


「……早く2階に行きましょう」


 ジュリは玄関からの足跡が2階へと続いているのを見て、2階へと上がる。先頭はジュリ、その背後を猟銃を構えた智也がカバーする。足跡は寝室へと続いており、ジュリが寝室のドアノブへと手を掛けたときに寝室の中から物音がしていることに気がついた。



「開けるわよ……」


 ジュリは小声言いながら、智也に振り返る。

浦河は緊張からか額に脂汗が浮いていたが、無言で頷くと身構える。

 

バンッ!


 ジュリがチェーンソーのエンジンを入れるとともに、扉を蹴り開ける。

そこには、こちらに背を向けて座り込んでいる女が1人。


「あの人があなたの奥さん?」


「い、いや。背格好が全く違う……」


 その言葉を聞いたジュリはチェーンソーのエンジンを吹かすと、辺りに大きな音がこだまする。


「お、お前は、誰だ。俺の、妻をどうした!」


 智也は猟銃を構えて、その女を警戒する。

その声に反応したのか、その女はゆらりと立ち上がると、ジュリたちの方に向いた。


 「ひっ……」


 智也の銃を握る手が、恐怖により震える。

その女の顔は、酷く腐乱しており、鼻と唇が削ぎ落ちていて、歯茎が露出していた。

さらには、顔色は土気色を通り越した茶色であり、髪はボサボサで、ウジが髪の間で白く蠢いていた。


 急に女がジュリたちの方へ突進してくる。浦河は、その女に猟銃を向けて発砲するが、女の勢いは止まらない。

 ジュリは一歩踏み出すと、チェーンソーの刃を横向きに構える。突進してくる女を、チェーンソーを構えたまま、そのままの体勢で受け流す。


 重たい音が2つ、低く響いた。


 女はそのままの勢いのまま、腰の辺りから2つに分断される。2つに分かれた女は、臓腑を撒き散らしながら廊下に転がった。赤黒い血が、廊下に広がり、鉄さびの強い臭いが鼻をつく。


 ジュリは廊下に転がったそれらに目を向けた。

うつぶせで上半身だけになった女は、ぴくりと指先を動かした。その動きが、指先から腕、顔へと伝わっていく。

 髪を振り乱した女は顔を上げて、ジュリを焦点合わない濁った目で見つめる。

そしてはみ出た大腸と何かの臓器をこぼしながらも、ジュリたちに這いずり寄ってきた。


「……」


 ジュリは再度チェーンソーのエンジンを吹かすと、今度は頭部に向けてその刃を振り下ろした。

頭部から脳漿とウジの混ざった黒い液体が、チェーンソーの刃によって辺り一面に飛び散る。ドロリと腐臭がする粘度のある液体を垂れ流しながら、女は静かになった。


「はあ、まったく……」


 ジュリは愛用のチェーンソーの刃に絡みついた髪の毛を摘まみながら、大きくため息をつく。


「なんでこんな面倒くさい依頼を受けてしまったのかしら」

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