22

 銀色に輝く二つの影が、激突して土埃を上げた。

 途端に金属同士がこすれるような不快な音色が上がり、直後に一本の剣がくるくると中空を舞う。

 行き場を失った剣は陽光を乱雑に反射しながら、その輝きを周囲に存分に撒き散らした。

 そして、それが地面に到達した瞬間――人々が一斉に歓声を上げる。


 ここは、宮殿に程近い場所に建てられた、この街のである。

 叙任式の後に行われる模擬試合デュエルを目当てにして、闘技場には数多くの観客が詰めかけていた。

 模擬試合デュエルは叙任にまつわる神聖な儀式であると同時に、この街に住む人たちの重要な娯楽なのである。

 人々はここでお披露目される新しい騎士たちの初陣を、容赦のない歓声と興奮の渦でもてはやすのだ。


 既に闘技場の観客席の最前列には、多くの王族や貴族が陣取っていた。

 ただ、それ以外の観客席の大部分を埋め尽くすのは、王族や貴族以外でこの街を拠点とする者――それは、主にこの街に出入りする冒険者と呼ばれる者たち――である。

 セシリアも過去に何度か模擬試合デュエルを観戦したことがあったが、観戦するといつも、闘技場から沸き立つ熱量に圧倒されたものだ。


 だが、今日の彼女は観客としてこの場にいるのではない。

 彼らに熱狂を与える側の立場として――この闘技場に立つ。


「勝者、ロイーズ家の四男、シモンどの!!」


 審判ジャッジの宣言を受けて、シモンと呼ばれた若い騎士が、たくましい右腕を振り上げた。

 すると、その勝利を称えるようにして、場内の歓声が一際大きくなる。


 模擬試合デュエルはこの街で行われる儀式の中でも、特に派手な儀式の一つである。

 ただ、実際に行われる対戦は僅か二、三組程度に過ぎない。

 いつもは高い身分にある貴族の御曹司や縁者から数名が選出されて、文字通り煌びやかな金属鎧プレートメイルに身を包み、華麗に戦うことになるのだ。


 先ほど勝ち名乗りを上げたシモンという騎士も、三大貴族家トライアンフの一角を成すロイーズ家の四男だった。

 そうした中で身分の高くない騎士家出身であるセシリアが、他家を押し退けて出場するのは、異例中の異例と言える。


 ただ彼女にはという、他の騎士との明確な差異があった。

 それだけに彼女は、貴族の御曹司たちと同じく――いや、むしろそれ以上に目立つ。


「では、次が本日最後の対戦です。

 東よりハーブランド家の次男、カールどのの入場です!」


 そう紹介された一人の騎士が、東側の通路から馬に乗って姿を現した。


 よく磨き抜かれた金属鎧プレートメイルが、虹でも作り出しそうな程に、陽の光を鮮やかに跳ね返している。

 それぞれの金属板を繋ぐ部分は、赤い刺繍と金属のリベットで美しく纏められていた。

 そして、前掛けにあたる部分には、金糸によってハーブランド家の紋章が描かれている。


 ちなみにハーブランド家というのは、三大貴族家トライアンフの一角である。

 この街の三大貴族家トライアンフは、領主であるメイヴェル家、先ほど四男が勝利を収めたロイーズ家、そしてこのハーブランド家を合わせた三家を示す言葉なのだ。

 しかも、このハーブランド家の次男坊こそが、壮行会に居合わせた人物――つまり、エリオットのなのである。


 カールという名のハーブランド家の次男坊は、観客の声援に応えるように、馬で闘技場内を練り歩いた。

 特にその行動に意味があるわけでなく、全て彼の自己顕示欲を満たすための行動に過ぎない。


 カールは得意気に一通りの声援を受けると、馬から下りずに闘技場の中心で立ち止まった。

 模擬試合デュエルは馬に乗ったまま戦うことはなく、下馬騎士マン・アット・アームズという徒歩で剣と盾を持った形で対戦する。

 それは馬がいない分、本当の実力を測れるというのが理由だった。


 また、戦いは模擬であるため、手持ちの剣は刃が潰してある。

 見た目は煌びやかに作ってあるので、儀礼用の剣を使って戦うというのに等しい。


 ちなみに模擬試合デュエルでは三大貴族家トライアンフ同士がぶつかることのないよう、対戦相手が事前に調されていた。

 何しろ模擬とはいえ、非常に数多くの観客が目にする対戦なのだ。

 貴族としての面子が掛かる戦いである以上、下手な対戦を組んでしまうと、貴族同士の争いに発展しかねない――。


 審判ジャッジはなかなか馬から下りないカールの方に、意味ありげな視線を送った。

 だが、彼はそれを無視しているのか、一向に馬を下りる気配がない。

 仕方なく審判ジャッジは、そのまま対戦相手の紹介に移った。


「コホン、では続いて西から。

 驚くなかれ!

 ハーブランド家のカールどのに挑むのは、アロイス騎士家のセシリア!!」


「えっ?

 ――長女?」


「女だって!?」


 その紹介を聞いて、闘技場内が一気にざわざわと色めき立った。

 一部からは歓声も上がったが、正直誰もがどう反応して良いのかを戸惑っているようである。

 すると、観客席の最前列にいた一人のメイドが、呆れながら呟いた。


「あらまあ、同じ新人騎士のはずなのに、既に扱いなんですね」


 リーヤの隣にいたカイは、その言葉を聞いて思わず苦笑する。


「なあに、今だけさ。

 すぐにそれが間違いだったと、みんな気づく。

 ――さあ、セシリアが出てくるぞ」


 カイになだめられたリーヤは、頷きながら西の通路に注目した。

 すると、コツコツというひづめの音とともに、ゆっくりと彼女がその姿を現す。


「――!?」


 最初は誰もがセシリアの姿を、しっかりと認識できなかったに違いない。

 それ程までに彼女の姿は、陽光を全身に浴びて真っ白に輝いていたのだ。


 セシリアは存分に光を反射して、呆気にとられる観客を背に、闘技場の中心へと進んで行く。

 そこには自分を誇示するような、無駄な行動は一切存在しない。

 淡々と馬を進めてゆく、自信に満ちた一人の女騎士の姿があった。


 そして闘技場の中心に到達した彼女が、ひらりと馬から下りる。

 すると、観客たちはようやく我に返ったのか、一気に大きな歓声を上げた。


「ホ、ホントに女騎士だ!!」


「何だあの鎧、革か布じゃないのか?

 本気であんな鎧で戦うつもりかよ!?」


 それらの声は、必ずしも彼女を支持するものばかりではない。

 単に自分たちの想像外の人物が現れたことで、物珍しさを話題にしている反応が多かった。


「では双方、剣を抜いて前へ」


 対戦する二人が乗ってきた馬が場外へと下げられ、闘技場の中心に審判ジャッジが立つ。

 言葉を聞いたセシリアの対戦相手――ハーブランド家の次男坊であるカールは、長い前髪を一度掻き上げてから、すらりと煌めく長剣を引き抜いた。

 その彼の左手には、美しく磨かれた大型の凧型盾カイトシールドがある。


 対するセシリアは、剣を抜く前に、ふと闘技場内を見渡した。

 すると、観客席の最前列に陣取っていたエリオットと視線が重なってしまう。

 エリオットはセシリアを睨んでこそいないものの、その視線には普段とは違う、異常な鋭さがあるように思えた。

 そして、その瞳は彼女に対して、何かを訴えかけているようでもある――。


 セシリアはこの模擬試合デュエルに至るまでに、エリオットから何らかの重圧プレッシャーを受けるようなことはなかった。

 だが、今の視線は明らかに、この対戦へのを求めている。


 セシリアはゴクリと唾を飲み込むと、無言でその視線を何とか振り切った。

 彼女はこの戦いのために準備を行い、勝つつもりで闘技場に立っていたはずだった。

 だが、セシリアはエリオットの視線を浴びたことで、自身の決意に迷いが生じ始めたことを自覚する。

 焦燥感が心の中を駆け回り、急激に育った不安で喉がカラカラにかわいた。


 セシリアが迷ってエリオットと反対側の観客席に視線を向けると、そこには二つの見知った顔があった。

 ――カイとリーヤだ。


「カイ――」


 セシリアは口の中で彼の名を呟きながら、不安げな視線をカイの方へと向ける。

 すると、彼は口を盛んに動かして、セシリアに何かを伝えようとする素振りを見せた。

 どうやら、口の動きだけで、何かを伝えようとしているようである。


 そして、彼が伝えようとした言葉を、セシリアが認識した瞬間――。


 彼女は一気に不安を振り切って、鞘から剣を引き抜いた。


「何だ?

 あの細いのが盾だっていうのか?」


 セシリアは変形する鞘をに、そのまま左腕に引っ掛けている。

 そのため観客からは、随分と細い盾を装着しているように見えていた。


 この状態でセシリアが戦う利点は一つ。

 両手で剣を持って、戦えるということだ。


「準備はいいですね?

 あらかじめ理解していると思いますが、模擬試合デュエルには守るべき規則ルールがあります。

 剣と盾以外での攻撃は禁止ですし、魔法道具マジックアイテムを使うと反則負けです。

 更に命乞いをした相手に、追い打ちを掛けると、重大な罰を受けることになります。

 では、理解したらそれぞれ正々堂々と、勝負することを誓いなさい」


 審判ジャッジの説明を受けた二人は、それぞれ声を重ねるようにして誓いを立て始めた。


「我が名はセシリア・アロイス。

 この剣にかけて、騎士の身に恥じぬ戦いを誓う」


「我が名はカール・エリナス・ハーブランド。

 この名において、戦いが神聖であることを誓おう。

 ――そして神よ、この剣に祝福を。不幸にも私に刃を向ける女性を許し給え」


 カールが付け加えた神への言葉は、ここでは特に必要のない無駄な言葉である。

 厚かましいことに既に勝つつもりなのか、そこにはセシリアに対する祈りまでもが含まれていた。


 二人が誓いを立てたことを確認した審判ジャッジは、少し後方へ後ずさりながら、開始の声を上げる。


「では、始め!!」


 その声が上がった瞬間、セシリアは自分を奮い立たせるように一気に前へと躍り出た。

 そして、その心の中で、一つの言葉を強く思い描く。


 それは先ほどカイが、伝えて来た言葉。


 たった一言、――という言葉だった。



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