異変が支配する馬車の中です


 急な羞恥プレイを食らった私は、また着替えるのが面倒だという理由で、その後の馬車でも男装を継続していた…………のですが、


「…………」


「…………」


 その間、ミリアさんとアカネさんの視線が、妙に落ち着きがありませんでした。

 チラチラとこちらを見たり、ソワソワと視線を泳がせたりと、いつもの二人には珍しい雰囲気を出しています。


「……?」


 気になってそちらを見ると、サッと視線を逸らされます。


「何なんです? さっきから」


「い、いや! 何でも無いぞ!」


「ミリアの言う通りじゃ! 何でも無い!」


「はぁ……そうですか」


 何でも無いわけが無いのですが……しつこく詮索するのは好きじゃありません。


 まぁそのうち直るでしょうと、次は視線を下に向けます。


『ふぁ、ぁ……』


 そこには、私の膝に頭を乗せたウンディーネが居ました。

 気持ち良さそうに表情を綻ばせ、安心したように瞼を閉じるその姿は、言わずもがなベリーグッドです。


「…………」


『ん、んふぅ……ふわぁ……』


 そっと頭を撫でると、可愛いらしい小さな声が耳に届きます。


 つい、抱き締めたくなりますが、驚かせるのも悪い気がしたので、代わりにウンディーネの無防備な顔を眺めることにします。


「くふぅ……! 今は、ウンディーネが羨ましい……」


「アカネ。耐えろ。余もそろそろ限界だが、耐えるのだ」


「じゃが、じゃがぁ……!」


「わかっている。あれは反則だ。……まさか、あんな隠し球を持っているとはな」


 コソコソと、お二人は何かを話していますが、私にはその内容が理解できませんでした。


 限界とか反則とか、隠し球ってなんですかね?

 ……今後の予定を話している様子ではありませんし、なんか更に視線が強くなった気がするのですが。


 何も言われずに見られているだけというのは、何とも居心地が悪いものです。


「お二人とも、言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくれないとわかりませんよ?」


「うるさいぞ、この唐変木」


 何かあるなら直接言ってくださいと、そう言っただけなのに、返ってきたのは『唐変木』という辛辣なお言葉。


 唐変木って、気の利かない人や偏屈な人、あとはマヌケな人に対して言う、罵った言葉ですよね? ……え、何で私今、罵られたのでしょう? 何か悪いことをしたかな? …………うーん、やっぱり心当たりがありません。


「ウンディーネ……お二人が急に冷たくなったのですが……何かわかりませんか?」


『ん〜? ……うちはリーフィアのこと、大好きだよ』


「え? ええ、ありがとうございます。そう言って頂けるのはとても嬉しいのですが……えっと、そういうことではなくてですね……?」


 今となっては、当たり前のように呟かれる言葉。

 それを言ってくれるのは嬉しいのですが、どうして今なのでしょう?


『…………ミリアもアカネも、素直になれば良いのに』


 ボソッと呟かれた言葉は、困惑していた私には上手く聞き取れませんでした。

 でも、それは向かい側の席には良く聞こえたのか、お二人は急に顔を真っ赤にさせ、顔を下に向けました。


「くそっ。まさか、あの奥手なウンディーネに言われるとは……」


「我ながら、自分が不甲斐ない」


 またもやブツブツと謎の単語を発するお二人に、ウンディーネは一言。



『…………早い者勝ち』



 二人は完全に沈黙しました。

 どこぞのボクシング漫画のように、安らかな顔で目を閉じ、ピクリとも動きません。背景が真っ白になっていると錯覚しそうなほど、二人は見事な石像と化しました。


 …………え、燃え尽きてませんよね?

 と心配になるほど静になりましたが、微かに肩が上下しているので、辛うじて死んではいないようです。


 でも、今の言葉に何の意味が?

 早い者勝ち……まさか、ウンディーネにやっているように、膝枕をやってもらいたかったのでしょうか?


 ミリアさんはまだわかりますが、アカネさんはもうそのような歳ではないでしょう。どちらかと言うと、やってあげる方だと思うのですが……。


「えぇ……? 意味わからない」


 さっきから、私の知らないところで異変が起きています。


 三人は何かを知っているのに、自分だけがそれを知らない。

 それが妙に気持ち悪くて、私は眉を顰めますが……それでも二人が起き上がることはありませんでした。


『ん〜……リーフィアを独り占め♪』


 色々とカオスな空間になり始めている馬車内で、珍しく上機嫌なウンディーネの鼻歌だけが、虚しく響いていました。

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