一応、案内しました

 私はゆっくりとだだっ広い廊下を歩きます。


 普段は私が自らの意思で動いていることに、すれ違う使用人達は目を開いて驚くのですが、今日だけは反応が別でした。


 皆同様に射抜くような鋭い視線をこちらに向け、鉄仮面でも被っているのかと思うくらいの無表情で一瞬だけ頭を下げ、そそくさと何処かへ行ってしまいます。


 その理由は私にありません。

 正しくは私の後ろ、古谷さんにあります。


 ……まぁ、余裕で考えつくことですよね。


 古谷さんもそれを理解しているのか、ずっと気まずそうに歩いています。いつも以上に小さく見えるのは、きっと気のせいではないでしょう。


「どうしました古谷さん。そんなモジモジしちゃって……もしや、トイレですか?」


「違う、けれど……トイレに逃げ込みたい気分ではあるかな」


 ほら、私のボケを普通に答えちゃっているあたり、緊張しまくりです。通常の古谷さんであれば「違うよ!?」と勢いのあるツッコミが返ってくるのに、客室へ迎えに行ってからはずっとこの調子です。


「全く、勇者なんですからビシッとしてください。勇者なんですから」


「いや、害はないとわかっているけれど、やっぱり敵地だからね。どうしても緊張するよ。ビシッとするなんて絶対に無理。……心臓が保たない」


「……それ、危険満載の敵地に潜入していた私に言います?」


 あの時は歩くのが面倒で、あまり緊張とかしていませんでした。

 どうやったらサボりながら情報収集出来るか。というのも考えていましたね。


 いやぁ、懐かしいです。

 ぶっちゃけ、ほとんど忘れかけていますけど……。


「だって、リーフィアさんはある意味人の器じゃないっていうか、比べても意味がないっていうか……むしろ全然考えていないんじゃない? って思うところがあるよ」


「本人の前でよくそんなことが言えますね」


 古谷さんも度胸があるというか、普通に失礼ですからね?


 ……まぁ、別に気にしませんし、文句を言うつもりはありませんけど。


『り、リーフィアを馬鹿に、しないで……』


 と、そう思っているところに、文句を言う者が一人。

 私の可愛い可愛い契約精霊、ウンディーネです。


「ごめん。リーフィアさんを馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ、彼女の度胸が凄いって言いたいだけで……」


 予想外の人物から非難の声が掛けられたことに、古谷さんは慌てて言い訳をします。


『リーフィアを、人じゃないって言った……何も考えていないって、馬鹿にしたもん』


「い、いや、それは言葉の綾であって……!」


『リーフィアを馬鹿にする人、嫌い……』


「ごめんなさい! 謝るから許して!」


『…………(ぷいっ)』


「リーフィアさ〜ん」


 完全に拒絶された古谷さんは、助けを求めるように私を見つめますが、すぐに助け舟を出してあげるほど私は優しくありません。


 彼とウンディーネのことを交互に見つめ、私はジト目になり口を開きます。


「なーんか、妙にウンディーネには素直ですね。ダメですよ。ウンディーネはどこにもあげません」


 私はウンディーネを抱き寄せ、古谷さんから遠ざけます。

 邪魔な羽虫を払うように「シッシッ!」とやれば、古谷さんは苦笑いで頬を掻きました。


「別に、ウンディーネさんを狙っているわけじゃないよ」


「そう言って、隙が出来た時に漬け込むのが男なのです。猛獣です。ウンディーネには指一本触れさせませんから」


『う、うちも、リーフィアには指一本触れさせないもん!』


「え……そこ張り合うところです?」


『大切なことなの!』


「……左様ですか」


 古谷さんを見るウンディーネの目が、完全に敵を見るものなのですが……私の知らないところで何が起こったというのです?


「──ハッ、まさか本当に襲いかかったり」


「してないから!」


「えぇ〜? ほんとにぃ?」


「どうしてそこで疑うのさ! それに、俺とウンディーネさんは初対面だし、何も出来ないって」


 ウンディーネからしたら、ボルゴース王国で何度も見ているんですけどね。

 こうやってお互いに顔を合わせるのは初めてなので、まぁ初対面なのでしょう。


 ……うむ、そう考えると襲うタイミングはありませんでしたね。


「仕方ない。古谷さんの言うことを信じましょう」


「どうしてそこは残念そうにしてるのさ。俺はウンディーネさんに対して何とも思っていないからね!」


「何ですと。ウンディーネが可愛くないと、そう言うのですか!」


「面倒くさいなアンタ!?」


『リーフィアは面倒くさくない!』


「ああ、ごめん! って、本当に誰か助けて!?」


 私とウンディーネの庇い合いに根をあげた古谷さんは、我慢ならなくなって叫びました。ですが、周囲にいるのは勇者に良い思いをしていない使用人達ばかり。助けなんて来るわけがありません。


 ──と思っていたのですが。


「なーにやっとるんじゃ。お主らは」


 不意に前方から聞こえてきた呆れ声。

 そちらに視線を向けると、アカネさんが腰に手を当てながら、溜め息をついていました。


「妙に遅いなと様子を見に来てみれば、何をしておるのじゃ?」


「ウンディーネの貞操の危機だっただけです」


『リーフィアを守ってたの』


「…………うむ、意味わからんな」


 私達に何を聞いても無駄だと悟ったのでしょう。

 アカネさんはもう一度溜め息を吐き出し、古谷さんに向かい合いました。


「古谷殿。そちらの二人がすまなかったな」


「いや、俺は別に気にしていないから、大丈夫です」


「そうですそうです。古谷さんはそれくらいじゃ怒らない優男でぶぉぁ」


 私の言葉を遮り、脳天に拳骨が降ってきました。


 衝撃を抑えきれずに地面に倒れ伏した私の襟首が掴まれる感触。


「よいしょ、っと……古谷殿。うるさい阿呆も黙らせたことだし、代わりに妾が案内しよう」


「あ、うん。……えっと、よろしくお願いします」


「うむ。承った。ではこちらだ」


「あのアカネさん。流石に担ぎ上げられるのはちょっと恥ずかしいというか──」


「何か文句はあるのか?」


「…………いえ、滅相もありません」


 アカネさんの有無を言わさぬ迫力に、私は黙ります。

 これ以上何か文句を言ったら、命が無いのは私の方だと、本能が警告を発していました。だったら、その本能に大人しく従うのが、正しい生き方なのでしょう。


「でも、パンツ見られ──」


「何か問題があるのか?」


「…………いいえ、滅相もありません」

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