歯車は、歪に回り始めます

 行きはすぐでしたが、帰りはその何倍もの時間をかけて魔王城に帰宅しました。


 ウンディーネならば私の居る場所に転移することが可能ですが、だからって私の速さで置き去りにするのも気が引けます。なので、ゆっくりと歩きながら二人きりでお話していました。


 やはり、気兼ねなく話せる相手というのはありがたいですね。

 ウンディーネからも『楽しい』という感情が流れてくるので、共にいる私まで楽しくなってしまいます。


 ──しかし、そんな楽しい時間も唐突に終わりを迎えるのでした。



「──ん?」


『あれ?』



 異変に気付いたのは、ほぼ同時でした。


「なんか、騒がしいですね」


 側から見れば気付くはずのない異変。

 ですが、私の耳にはちゃんと聞こえていました。


「ウンディーネ」


『うんっ!』


 全てを言わずとも、ウンディーネは私の望むことを理解して行動してくれます。


 彼女は水の精霊──その最上位に位置する『原初の精霊』です。

 今は魔王城にある水分に意識を集中させ、中で何が起こっているのかを探ってくれています。


 そんな中、私は魔王城へ駆けていました。

 置いて行くのは申し訳ないですが、ウンディーネを待っている暇は無いように思えましたし、近くで凝視して彼女の集中力を下げるわけにはいきませんからね。


 私が魔王城に入ったと同時に、ウンディーネから念話が飛びます。


『リーフィア! すぐに執務室に……!』


『了解です』


 ウンディーネはそれだけを言い、念話を切ります。

 必要なことは何も言われていませんが、それはつまり『執務室』に行けば全てがわかる。ということでもあります。


 まさか、私の居ない間に緊急事態が起こっているとは……単なる偶然、ですよね? 誰かに監視されているという感じはしませんでした。なので、やはりこれは単なる偶然なのでしょう。


「だからってタイミングを考えて欲しいですね」


 私は急ぎ、廊下を駆けます。

 何度か使用人とすれ違いましたが、彼女達は私が通ったことにすら気付いていません。


 目的地である執務室の到着したのは、何かが起きていると発覚してから一分も経っていませんでした。



「ミリアさん……!」



 ノックする時間も面倒になり、私は扉を開きます。


「──っ、リーフィア!」


 中で何かを喚いていたミリアさんは、私を視認した途端に飛び付いてきました。

 彼女の瞳には若干の涙が浮かんでいて、いつもは冷静沈着なヴィエラさんも、今は苦渋に表情を歪めていました。


「リーフィア! ディアスが、アカネが……!」


「落ち着いてください。まずは簡潔に説明を。……ヴィエラさん」


 こういう時はヴィエラさんが頼りです。

 何があったのかの説明を求めると、彼女は静かに頷いて口を開きました。


「ディアスとアカネが、帰りの馬車で襲撃を受けた。どちらも待ち伏せを受けていたらしく、どちらも持ち堪えるのが限界らしい……今、そのような通信が入った」


 襲撃? その相手は考えるまでもなく人間でしょう。ですが、どうして急に? ましてや、この魔王城では相当な実力者である二人を追い詰めるなんて……まさかエルフが関わっているのでしょうか?


 …………なるほど。これは私を誘き出すための罠ですか。


「リーフィア……頼む。二人を助けてくれ、お前の仕事ではないことは十分理解している。全てが終わったら何だってする。何だって差し出す。だから頼む。二人は余の大切な──」


「それ以上は、言わなくていいです」


 ミリアさんの唇に人差し指を当て、私は微笑みます。


 きっと彼女は、誰よりも最初に飛び出したかったことでしょう。大切な二人を守ると、無謀にも駆け付けようとしたことでしょう。

 でもそれをしなかった。ミリアさんは魔王だから、ここから離れてはいけないのです。己の立場を弁えているからこそ、彼女は苦しい思いに押し潰されそうになり、今この状況も友人が襲われているという現実に、胸が引き裂かれる思いをしている。


 ──だから私を頼った。


 縋れるものには何だって縋り付く。

 使えるものは何でも使う。

 友人を助けるためなら、言葉通りミリアさんは何でも差し出すでしょう。


 だから私は、こう望みます。


「どうか笑っていてください。私が必ず助けますから、安心していつものように踏ん反り返っていてください」


 ミリアさんの小さな体を抱き上げ、彼女専用の椅子に乗っけます。


「ヴィエラさん。場所は」


「ここだ」


 広げられた地図に、ヴィエラさんは赤い丸を二つ付けます。


「……ふむ。どちらも遠いですね」


「ああ、今から向かったのでは……もう……っ」


「問題ありません」


「は……」


「問題はないと、そう言ったのです。──ウンディーネ」


 私はウンディーネを呼び出し、彼女はその呼び掛けに即座に応じてくれました。


「ウンディーネは、ここ。アカネさんを救出してください。今すぐに。……出来ますね?」


『ここは……うん! 行ってくる!』


 ウンディーネは霧と化し、姿を消しました。


 アカネさんが襲撃にあった場所の近くには、水辺があります。水の最高精霊であれば一瞬で移動することが可能でしょう。


「後は……」


 ディアスさんですね。

 距離で言えば、アカネさんと変わらない。


 ……いや、こちらの方が少し遠い場所にあります。


 今から向かうのでは遅すぎる?

 そんなので立ち止まっていたら、全てが手遅れになります。


「では、行ってまいります」


「リーフィア……!」


「私の魔王様は元気でお馬鹿さんで騒がしい……いつも笑いかけてくる人。あの時、約束しました」


 そして私が交わした約束は、もう一つあります。


『もし、何かあって妾が居なくなった時、ミリアのことを……頼む』


 そう言って土下座までしてみせたアカネさん。

 私はその願いを断り、私の安眠のために協力し合おうと約束しました。


 ──誰一人、欠けることは許されない。

 それはミリアさんを不幸にさせ、私も気分良く眠れません。


「もう一度言います。助けますよ。必ず」


 私は窓から飛び出しました。


 ディアスさんの位置はすでに記憶しました。

 後はその方向へ一刻も早く向かうのみ。



 私はリーフィア・ウィンド。

 神から授かったチートによって、いつの間にか最強に近い存在になってしまった……ただの堕落者です。


 出来ることなら、何もせずに眠り続けたい。

 それが私の根本にある。


 でも、ですが…………


「私は、仲間を見捨てるほど非情ではないのですよ」


 速く。もっと速く。

 神から与えられたチートを使い熟せ。

 今はそれだけのために全てを消費しろ。


 私はリーフィア・ウィンドです。

 それは大地を駆ける一陣の風のように、誰よりも速く動いてみせましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る