怒りました(私ではありません)

 私が投下した爆弾によって、兵士の方々が顔を顰めたのは当然のことでした。


 ですが、私が言ったのは事実。

 実際のところ、私はあの時本気を出していませんでした。なのに彼らは私に一撃も入れられませんでした。


「それからディアスさんが訓練を強化したらしいですけど……その表情を見ればあまり順調ではない感じですね」


「……そうだな。やはり譲れない感情というものがあるんだろう。そんなつまらねぇ感情、俺にはどうでも良いがな」


「それはボスの発言としてどうなんです?」


「だが、その通りだろう?」


「…………まぁ、そうですね」


 色々なアニメや漫画であることですが、戦場に私情を持ってくる人は大抵死んでいます。


 きっと、そういうジンクスがあるのでしょう。だからディアスさんはそういうのを考えない。勿論私も考えませんし、そもそも戦場に立ちたくありません。


「……っと、話を戻しますが、彼らと戦った私の総評は『驚くくらい弱かった』です」


 私がチートを沢山貰っていることも関係しているのでしょうけれど、それでも予想していた以上には弱かったです。


 これも漫画やアニメの知識になってしまいますが、魔族って屈強な戦士が多いイメージでした。

 だから少しばかり期待していたのですが、結果は圧勝。魔王軍の全てを相手にしたとは思えないほどの拍子抜けを覚えました。


「……精霊に頼っていたからだろうが……」


 と、兵士の誰かが静かにそう口にしました。


 普通ならば聞こえないくらいの声量でしたが、私はエルフ。本気を出せば、魔王城からウンディーネの泉まで音を拾えます。


 そんな私が聞き逃すわけがありません。


「──てめぇ!」


「え、たいちょ──グアァ!」


 聞こえないふりをするか、苦情を申し立てるか。

 どっちにしようかなと考えていた時、ディアスさんが大声で怒鳴りつけながら、その兵士の顔をぶん殴りました。

 まさかディアスさんは動くとは思っていなかったのでしょう。兵士は直撃を喰らって吹っ飛び、壁に激突して気絶しました。


「うわぁお……」


 これは私も予想外でした。


 咄嗟に兵士の方を回復してあげようかと思いましたが、やめました。


 これはディアスさんが私のために怒ってくれたのです。

 直後に私が回復してしまっては、彼の怒りの意味が無くなってしまいます。


「…………おい、てめぇら」


 突然のことに兵士達が戦慄している中、ディアスさんがドスの効いた声を発しました。


「リーフィアに文句があるのなら、直接言え。全員あれと同じようにしてやる」


 そう言って指差すのは、先程悲惨な目に遭った兵士でした。


「この話をする前、俺とリーフィアは約束したんだぞ。兵士には口出しさせないってな…………あいつはそれを破った。折角築いてきた俺の信用に傷を付けやがったんだ。……ああなりたい奴はいるか?」


 有無を言わさない迫力に、兵士達はブンブンと首を横に振ります。


 余程怖かったのでしょう。私を見る視線の中には、マジの恐怖が宿っていました。


「…………俺の部下が迷惑をかけたな。この通りだ、すまん」


 ディアスさんは私に深く頭を下げました。


「これでもお前の怒りが収まらないと言うのなら、土下座してもいい」


「……いや、土下座はいりません。というか謝罪も必要ありませんでしたから」


「だが、そういうわけにもいかない」


「いやいや、本当に私は怒っていませんよ」


 そう言っても、ディアスさんは納得しません。


「ディアスさんは謝る相手が間違っています。この場合は私にではなく、ウンディーネにお願いします」


 本当に私は怒っていません。

 ただ、兵士ってやっぱりプライドが高いんだなぁと思っただけで、謝罪まで求めていませんでした。


 でも、ウンディーネは別でした。

 彼女から感じる魔力が怪しく蠢き、私でも少し焦ったほど怒ったようです。


 あの程度の言葉で怒るのも敏感すぎるとは思いますが、エルフの一件があった直後なので、ウンディーネもピリピリしていたのでしょう。


『ウンディーネ。あなたは手を出さないでください。眷属もです』


 心配なので『念話』を繋ぎ、一応釘を刺しておきます。

 彼女からの反応はありませんでしたが、流れてくる魔力は落ち着きました。


 でも、返事は返ってきません。

 ……ぶん殴られた程度では、収まりきらないのでしょう。


『ここで我慢してくれたら、今日の夜は一緒に寝てあげます』


『っ、うちは、怒ってないよ……!』


 切り替え早いですねぇ……。


 そんなに私と一緒にいられることが嬉しいのでしょうか?


 最近ますます懐かれている気がします。

 ……でもまぁ、悪い気分はしません。


「ディアスさん。ウンディーネももう怒っていないと言っているので、もう兵士の人に怒るのはやめてあげてください。……これ以上は、余計なお世話です」


「……そうか、わかった。すまない」


 ディアスさんはそう言って再び頭を下げました。


「でも、ディアスさんも仲間思いですね」


「……、……さぁ? なんのことだ?」


「……いいえ。気のせいであるのなら、そういうことにしておきましょう」


 ディアスさんは私が何かをする前に動きました。

 わざと大袈裟に怒鳴り、派手に動いたことで、私に次の一手を与えない。

 そしてすぐに謝罪して、これ以上の被害を出さないよう兵士に忠告した。


 結果、兵士は一回殴られただけで済みました。

 もしディアスさんが動かなかったら、私はミリアさんに報告していたでしょう。彼女はまるで自分のことのように怒り、そしてウンディーネも兵士に対して容赦をしなかった。


 兵士はきっと今以上の被害を受けていたはずです。


 私にはディアスさんがそう考えて動いているように見えましたが……本人が勘違いだというのならば、それで良いのでしょう。

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