第97話 一筋の光

 でもさあ、絢瀬先輩が本当に泣き出してしまったから俺の方はビビりまくりだぞ!まるで俺が悪者になったみたいで(もちろん、俺は何も悪くありません!)必至になって絢瀬先輩を宥めて、ようやく絢瀬先輩も落ち着いてくれたからホッとした。

「・・・これは俺個人の意見ですけど、退部届を全員が出すのを止める気はないですけど表彰式を乗っ取るのは下策だと思いますよ」

「えー、どうしてー」

「主催者側にも立場という物があるし、特に頭の固い爺さん連中が揃っている場所で高校生がセレモニーを目茶苦茶にしたら、下手をしたらダンス部が悪者のように扱われますよー」

「でもさあ、これが理事長の非道を訴える最高の場所だよー」

「爺さん連中から見たらダンス部の方が非道なんだから、これは非常手段というか、最後の最後に打つ手が無くなった時の方法として考えるべきで、別の方法でDIPを阻止する事を考えるべきです」

 絢瀬先輩から見たら、既に外堀を埋められていて内堀も半ば埋められている状況では他に手が無いんだろうけど、下手をしたら絢瀬先輩の人生の履歴に汚点を残しかねない。いや、絢瀬先輩以外のダンス部の子にも汚点が残る。これは絶対に避けるべきだ。

 俺は真剣に絢瀬先輩を思いとどまらせようと頑張ったけど、果たして絢瀬先輩に分かってもらえたらだろうか・・・

「・・・それじゃあ、逆に質問するけど、君なら別の手があるっていうの?」

 絢瀬先輩は暫しの沈黙の後に、俺の目を真っ直ぐに見て問いただした。

 俺は正直ビビりそうになったけど、さすがに『女王様モード』全開の藍よりは迫力が無い。この程度のビビっているような俺ではないぞ!

「・・・正直、すぐには思い浮かばないけど、母さんの日頃のボヤキ節からすれば、理事長が近いうちにボロを出してくれそうな気がするけど・・・」

「へっ?何それ?」

「母さんは徳川学園の二人の理事の奥様だけでなく、理事長のとも茶飲み友達なんだよ」

「マジ!?」

 絢瀬先輩が思わず大声を出してしまったから俺は苦笑したけど、さすがにこの話を知ってるのは徳川学園の中でも少ない。

「そ、それじゃあ、理事長の今の奥さんは後妻なの?」

「簡単に言えばね。というより元愛人なんだけど、元奥様が今の奥様との間に隠し子がいた事に気付いて理事長相手に慰謝料と離婚の訴訟を起こした時に、元奥様が母さんを代理人に立てたから、理事長が『背に腹は代えられぬ』と言わんばかりに父さんを代理人に立てて争ったんだよ」

「うっそー、それって初耳よ」

「ホントだよ。丁度うちの姉貴や兄貴が現役の高校生だった頃にね」

「で、結果はどうなったの?」

「俺は弁護士じゃあないから内容を言っても差し支えないと思うけど、痛み分けによる和解決着だよ」

「痛み分け?」

「そう、痛み分け。元奥様の離婚を認める代わりに、長男は当時桜岡高校の事務職員で次期理事長とまで言われてたらしいけど、この人を徳川学園と縁切りする形で退職させた事で、元奥様と長男は完全に時期理事長の椅子を失ったんだよ」

「あれっ?奥様と縁切りなら分かるけど、どうして長男とも縁切りしたの?普通ならあり得ないわよ」

「姉貴や兄貴の話だけど、相当の切れ者で、しかも他人を使うのが上手い人だったから、ワンマンの理事長から見たら、煙たい存在だったから追放できて清々したんだよ」

「あー、たしかにね」

「元奥様は慰謝料をほぼ満額手に入れたけど、理事長の妻という座と息子の時期理事長の椅子を失った。理事長は自身の地位を守って、なおかつ煙たい存在の奥様と長男を縁切りできたけど慰謝料を丸呑みせざるを得なかった。だから双方痛み分けだよ」

「なーるほど。たしかにいい表現ね」

「その後に愛人と再婚の形を取って、愛人との間の隠し子を自分の子として認めて理事長は後継者にしたがったけど、この後妻の子は長男と比較するのは可哀そうなくらいの器の上に理事長とは超がつく程の不仲で、仕方ないから大学卒業後に理事長は絢瀬先輩のお爺さんの伝手で、遠江信用金庫の関連会社に引き取ってもらったんだよ」

「ふーん、わたしも理事長の子が関連会社にいるのは知ってたけど、まさか後妻の子だとは思わなかったから一人息子だと思ってたよ。で、その長男は今は何をしてるの?」

「ん?たしか母さんが琴木さんのお爺さんに頼み込んで、琴木さんのお爺さんの口添えで経済産業省の外郭団体に再就職して、今はたしか課長の筈だよ。父さんや母さんに言わせれば、この人が理事長になれば徳川学園も変わっただろうけど、歴史に『たら、れば』は禁句だからね」

「そうね。もしこの人が理事長だったらDIPなんか起きなかったでしょうね」

「だから理事長は元奥様との間に生まれた長男に譲る気は絶対ないけど、かといって後妻との間に生まれた次男にはソッポを向かれてるから、ますますワンマンぶりに拍車が掛かっているともいえるし、琴木さんのお爺さんにも絢瀬先輩のお爺さんにも弱みを握られていると言っても過言ではないね」

「でしょうね」

「しかも、慰謝料の支払いは分割20年の約束なのに、滞ってるからねー」

「マジ!?」

「母さんがボヤいてたよー。本当は母さんも口に出してはいけない事だと分かってるけど、元奥様が慰謝料の残り分の支払いを求めてるけど理事長が全然応じないから、困り果てて母さんに相談してるから、母さんも『勘弁して欲しいわよー』と本気でボヤいてるよ」

「へえー」

「それとー、詳しい事は母さんも教えてくれないけど、今の奥様も母さんにしきりと相談を持ち掛けているんだ。母さんも立場上、絶対に相談内容を教えてくれないけど、うちの弁護士事務所を毎月のように訪ねているから、また理事長が色々とやらかしてくれたとは思うけど内容までは俺は分からないよ」

「そ、それじゃあ、それが表沙汰になれば、内容次第ではお爺様や春花堂の会長が理事長に三下り半を突き付けるかもしれない!」

 絢瀬先輩は思わず机を『バン!』と叩きながら立ち上がったから俺は思わず苦笑してしまったけど、絢瀬先輩からしてみれば八方塞がりになっていたところへ、思わず形で理事長の痴態を知ったのだから歓喜するのも無理ないなあ。

「絢瀬せんぱーい、相談内容は俺も知らないから、三下り半を突き付けるような内容じゃあなかったら糠喜びですよー」

「そ、それもそうね。わたしもちょっと喜び過ぎたわね」

 絢瀬先輩は右手を頭の上に乗せて『失敗失敗』と言わんばかりの仕草で再び座ったけど、その仕草も結構可愛かったですよ。

 でも、この情報は不確定要素が多すぎる。絢瀬先輩を糠喜びさせるだけの結果で終わる可能性もある・・・

「・・・絢瀬せんぱーい、本当に絢瀬家に味方はいないんですかあ?」

 俺はボソッと絢瀬先輩に尋ねたけど、絢瀬先輩は「うーん」と少し首を傾げながら考え込んだ。

「・・・強いて上げるとすればお婆様かなあ」

「お婆様?どっちの?」

「もちろん、お父様のお母様、つまりバーシャフスキー家の娘。基本的にお爺様の仕事に関しては一切口を挟まない態度を貫いてるけど、今となってはお爺様に諫言できる唯一の人物と言っても過言ではないし、お爺様もお婆様の言ってる事には今でも素直に従うわ」

「何とか説得できないですかねえ」

「・・・さっきも言ったけど、お婆様は基本的にお爺様の仕事に関しては口を挟まないし、だいたい、最近は病弱で寝込む事が多いから。まあ、幸いにして頭の方は全然問題ないし、足腰が弱ってきたから車椅子は必須になってきたけど、体調がいい時には外に出掛ける時もあるからね」

「先輩個人の相談事としてお婆さんにお願いする事は出来ませんかねえ・・・」

 俺は再びボソッと絢瀬先輩に尋ねたけど、絢瀬先輩は『ハッ!』とした表情になったから逆に俺は『あれっ?』と思ってしまったほどだ。

「・・・そういえば、わたしもお婆様は絶対にお爺様に味方すると思い込んでたから、お婆様を味方に引き込むという考えを持ってなかった・・・」

「それじゃあ、上手くいけば、お婆さんを味方に引き込めるかも」

「・・・あくまで『引き込めるかも』よ。さっきも言ったけど、お爺様の仕事には一切口を挟まないけど、もしかしたら『孫やその仲間の意向を無視してビジネスに突っ走っている』とか言って味方についてくれるかもしれない。けど、仮に味方についてくれたとしてもDIPそのものを中止できるほどの影響力はないわよ。せいぜいダンス部を強制的にアイドル化するのではなく、希望者制に変える程度ね」

「それでも、ダンス部の活動変更を上から強制されるより絶対いいですよ」

「たしかにそうね。強制ではないと確約出来れば、最初はアイドルに憧れていた子はダンスではなくアイドルを目指すかもしれないけど、そこを止める気はわたしには無いわよ。むしろ、その事でダンス部が割れたとしても、本人の意向は尊重すべきね」

「ダメ元で相談してみたらどうですか?」

「そうね。掘り出し物の情報も含めて、わたしも一筋の光が見えてきたかもしれない!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る