第18話 仲が進展しなかった理由 その3

 俺はそのまま黙ってテレビを見ながらコーヒーを飲んでたけど、藍と唯のお喋りは全然終わる気配が無い。

「・・・いやー、それにしても今日のオヤツはメロンの食べ比べに加えて『真っ白い恋人』ですかあ」

「まさに最高!」

「やっぱり北海道のお菓子といえば『真っ白い恋人』よねー」

「『真っ白い恋人』もいいけど、唯は『じゃがいもポックル』も好きだよー」

「あー、それは私も好きよー。殆どスナック菓子に近いけど、いくら食べても飽きないよね」

「その姉妹品の『じゃがいもピリカ』も美味しいよねー」

「うっそー、私、それ知らないよー」

「サイコロみたいな三色のジャガイモが入ってるから、見た目もカラフルで美味しいよー」

「あら?着色料か何かで色を付けてるの?」

「違うよー。紫色のジャガイモと赤色のジャガイモと黄色のジャガイモを使ってるからだよー」

「うっそー!紫とか赤のジャガイモがあるのー!?」

「あれ?知らなかったの?」

「うん、私は初めて知った!というか、ジャガイモは男爵とメークイーンしか知らないわよ」

「何なら今度通販で取り寄せてみる?皮は赤だけど中は黄色とか、ほとんど皮が真っ白なジャガイモとか、赤い斑点のような物があるジャガイモとか色々な種類があるよー」

「えー、それは初めて知った。唯は博識ねー」

「いやー、ただ単に料理で使った事があるっていうだけだよー」

「そんな謙遜しなくてもいいわよー。やっぱりキッチンはシェフ唯にお任せねー」

「お婆ちゃんが今年は赤いジャガイモを植えたのを知ってるー?」

「マジ!?」

 おいおい、メロンに続いて今度はジャガイモの話かよー。ま、俺は婆ちゃんが庭でせっせとジャガイモを作ってるから、皮も中身も赤いジャガイモとか皮が赤で中身が黄色のジャガイモ、皮が紫と赤の斑模様のジャガイモ、皮も中身も紫色のジャガイモとか、色々なジャガイモを見た事があるけど、さすがに藍はマンション住まいだったから知らなかったのかなあ。

 それにしても・・・また俺のスマホに着信があったけど、これで10回目だぞ。サイレントモードだから全然鳴らないから藍も唯も全然気付いてないけど、いい加減に着信拒否にしちゃおうかなー。


♪ピンポーン♪


 あれ?誰だ?

 この呼び鈴は事務所ではなく平山家の玄関の呼び鈴の音だ。


♪ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン♪


 おいおい、誰だあ、何度も鳴らしてるのは?1回だけならともかく、こうやって何度も鳴らすとなると・・・

 俺は「ハッ」となって思わず唯の方を見てしまったけど、唯も「ハッ」となって俺の方を見た。藍は意味が分からず俺と唯を交互に見てる感じだけど、俺は藍と唯を無視する形で立ち上がった。こんなを俺は1人だけ知っている!

 俺は相変わらず鳴り続けている呼び鈴を無視する形で平山家の玄関に行って扉を開けた。

「おそーい!」

 そこに立ってたのは俺のだけど桜岡高校の制服を着た男子生徒だった。背は俺より少し高い程度の一見するとさわやか男子高校生だが、こいつが爽やかなのは見た目だけだ。しかも何故か不機嫌さを隠そうともしない。

「おー、やっぱり小野寺おのでらかあ」

「『やっぱり小野寺かあ』じゃあないぞ!だいたいオレが電話したのに1回も出ないとはどういうつもりだあ!」

「へ?・・・何の事?」

「あのさあ、オレが朝からお前のスマホに何回も電話してたのに1回も出ないとはどういうつもりだあ!」

 そう言ったかと思うと小野寺はズカズカと玄関に入り込んできて、そのまま俺の家に上がり込んだ。

「あー、あの意味不明の番号は小野寺の番号だったのか?」

「はあ?お前さあ、オレからの着信を無視してたのかよ!」

「というか、お前、いつスマホを買った?」

「ん?昨日」

「おー、とうとう『桜岡高校の北京ペキン原人げんじん』もスマホを持つようになったのかあ」

「『北京原人』で悪かったな!ようやくうちの両親が個人持ちのスマホを許可してくれたから『北京原人』はもう返上だあ!それで昨日、買いに行ったけど拓真が全然電話に出てくれないから直接押しかけてきたんだぞ!」

「ところでさあ、どうしてこんな時間に俺のうちに来たんだ?それに番号を教えるだけなら家の固定電話に掛ければ良かったと思うけど、違うか?」

「おー、よくぞ聞いてくれた。オレは嬉しいぞ」

 そう言ったかと思うと小野寺は俺の肩をバシッと叩いた。

「実はここであかねと待ち合わせる事にした」

「はあ?俺はそんな話は聞いてないぞ!」

「当たり前だ。お前がオレからの着信を無視してるから伝えなかっただけだ」

「ちょ、ちょっと待て!それなら茜さん経由で俺のスマホに連絡すれば良かったんじゃあないのか?」

「あっ・・・」

 そう言うと小野寺は動きを止めた。

 どうやら、小野寺の思考回路には『第三者経由、もしくは家の固定電話で相手に連絡する』という選択肢が無かったようだ・・・さすが北京原人、こういうところも原始人並みなのかもしれない。

「ま、まあ、気にするな、ハハ、ハハ」

 そう言うと小野寺はズカズカとリビングに向かって歩き始めたけど、俺はそんな小野寺を見て「はーーーー・・・」と長ーいため息をつく事しか出来なかった。


 俺と唯の仲が進展しなかった理由その3、この『北京原人』あー、いや、バカの存在だ。


 こいつの名前は小野寺智樹ともき。幼稚園、小学校、中学校と同じだ。逆に言えば藍と唯を昔から知ってる奴でもあるし、藍の家の事情も紛いなりに知っている。小学生の時からサッカーに明け暮れ、サッカーが無い時は俺の家に籠ってゲームをしている奴だったけど、ハッキリ言って学力で桜岡高校に入れるようなではなかった(筈だ)からスポーツ推薦の形で桜岡高校に入学したという奴だ。

 1年生の時は唯はE組だったけど俺と藍、小野寺はF組だ。サッカー部では1年生ながら超攻撃的な右サイドバックとしてレギュラー入りしていた程の実力者だ。ただ、夏休み明けの練習試合で相手選手と交錯した際に利き足の右足を骨折して年内はずっと休養とリハビリしてたけど、休養中にレギュラーの座を奪われた事と怪我をしたのが原因だとは思うけど超人的なトップスピードを出せなくなった事で、自分からスポーツ特待生を返上してサッカー部を退部したという奴だ。

 サッカー部はやめたけど持ち前の明るさ(バカさ)は変わらず、クラスのムードメーカー役なのも変わらなかった。しかもサッカー部をやめた事で週末は必ずと言っていいほど俺の家にやってくるようになったから、父さんも母さんも「定期便」と呼んでいたくらいだ。

 ただ・・・春休みは一度も俺の家に来なかった。その理由を俺は聞かされてないけどだ。

「あー、小野寺君、おはよー」

「智樹君、おはよー」

「あれ?藍さんもいたんですかあ?」

 そう言うと小野寺はリビングの脇に持っていたカバンを置いたけど、そのままキッチンに向かった。

「たくまー、俺もコーヒーか紅茶を飲んでもいいか?」

「というか、お前の事だから俺が『ノー』と言っても勝手に飲むだろ!」

「おー、そこまで分かってるなら話は早い。俺はブルーマウンテンだとかキロマンジャロを飲ませろとは言わないから、ネッスルカフェの安物のインスタントでいいぞー」

「とか言ってるけど、お前は安物と高級品の違いも分からない奴だ」

「まあまあ、そう固い事を言うな。俺とお前の付き合いは幼稚園に入る前からだ」

「ったくー、お前は能天気だよなー」

 そんな俺のボヤキを無視するように小野寺は勝手知ったる我が家のキッチンから、これまた勝手知ったる百円ショップで買った自分専用(ようするに小野寺が勝手に俺の家のキッチンに自分専用のマグカップを置いている)のマグカップを取り出すと、インスタントコーヒーの粉をスプーンでマグカップに入れ、そこにポットのお湯を足した。懸賞の鬼の母さんが当てたブルーマウンテンやキリマンジャロといった高級なコーヒーに手を付けないのは立派だ・・・と言いたいのだが、本当は「コーヒーを豆から抽出するのは面倒」というアホらしい理由で安物で済ますから俺は文句を言わないけど、そうでなかったから文句を言いたいほどだ。

 そのネッスルカフェの安物インスタントコーヒーに角砂糖1個とミルクを入れた小野寺はリビングのテーブルの空いてる席、つまり俺の右に座ったけどテーブルの上にあったクッキーもこれまた勝手に手に取ったかと思うと口の中に放り込んだ。


「・・・ところでさあ、唯さんが制服でないのは分かるけど、藍さんが制服を着てないのは何か理由があるのか?」

「「「!!!!! (・・! 」」」

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