第95話

 ベヒーモスは跳躍しアダマンタイトの部屋をゆうに飛び越し、カイン達との距離を一瞬で詰めた。

 その強靭な前足から生えた、何本もの鋭利で鈎の様に曲がった爪を、横薙に払う。


 強い衝撃音と耳を塞ぎたるような音が響き、辺りはあまりの風圧で舞い上がった瓦礫や塵、土埃のせいで何も見えなくなってしまった。

 ベヒーモスはその様子など意に介さずすぐさま上空を見上げた。


 間一髪、ゼロによって救い上げられた二人は、ベヒーモスの凶刃から逃れることが出来たようだ。

 二足歩行のように後ろ足で立ち上がり、前足を上空に振りかざすが、既にゼロはベヒーモスの射程距離よりも上へと上がっているため、その攻撃が届くことはなかった。


「おい。あれ見ろよ。信じられないな。アダマンタイトで出来た壁が削り取られているぞ」


 見ると、二人が先程まで隠れていた壁には、くっきりと五本の傷が刻まれていた。

 どうやらベヒーモスの爪はアダマンタイトの強度すら上回るようだ。


「爪があれほど硬いとなると、角も同様もしくはそれ以上か……」

「アオイさん。剣を私の前に置いてください。実は、補助魔法だけじゃなく、特殊な魔法が使えるんです」


 アオイの人柄などからすぐに打ち解けたカインだったが、さすがに出会って間もない人物に付与魔法の存在を教えることはしなかった。

 自分が得意なのは補助魔法で攻撃魔法はからっきしとだけ、アオイに伝えてあったのだ。


 しかし、ここで出し惜しみをしている場合ではない。

 訝しげな顔をして目の前に剣を示したアオイに、詳しいことは後で、とばかりにカインはすぐに詠唱を開始した。


「信じられないかもしれませんが、聞いてください。私は物にも補助魔法をかけられるのです。今私の魔法でアオイさんの剣は普段よりも遥かに強度も切れ味も増しています。ただ、それでもあの角を切り落とすにはまだ足りないでしょう。しかし、そこにアオイさんの技が加わればきっと……」


 アオイはカインに付与魔法をかけられた自身の剣をじっと見つめる。

 見た目は何も変わったように見えないが、ここでカインが嘘をつく理由など無に等しいと理解し、大きく一度だけ頷いた。


 カインは続いて自身の持つ短剣に同様の付与魔法をかけた。

 こちらは元々の強度がカインの無技を十分に補ってくれるだろう。


 カインが付与魔法をかけ終わった時と同時に、ゼロが甲高い鳴き声を上げた。

 下を見ると、ベヒーモスがカイン達に向かって角を突き出し、今度は口の辺りに先ほど同様のエネルギーの塊を作っている様だ。


 突然ゼロが嘴を大きく開き、先の戦いで見せた風の玉を作り始めた。

 カインはゼロの意図を読み取り、急いで呪文を唱え始める。


 次の瞬間、円錐を逆さにしたような光の束が上空に広がった。

 ベヒーモスが放った広範囲一掃型のエネルギー砲だ。


 光が収まった後、ベヒーモスはまだ上空をきょろきょろと見渡していた。

 そして自分の放ったエネルギー砲の範囲から遠く離れた場所に浮かぶカイン達を見つける。


「おいおい……カインさんもこのグリフォンもどれだけの修羅場を潜り抜けたらこんな事が出来るんだ?」


 アオイが呆れるのも無理がなかった。

 ゼロが行ったこと、それは正気の沙汰とは思えないことだった。


 ベヒーモスの広範囲の攻撃に、普通に飛んだだけでは射程外に逃れることが難しいと判断したゼロは、生成した風の玉を目の前で破裂させたのだ。

 その風圧を利用して、ただ飛ぶよりも遥かに速い速度でゼロは安全圏内へと自身の身体とそれに跨るカイン達を運んだ。


 その咄嗟の判断が、二人と一体の生をつなぎ止めたのだ。

 しかしゼロは自身の最も強力な技を至近距離でその身で受けることから、多大な損傷を覚悟していた。


 それを救ったのがカインの魔法だった。

 ゼロが作り出した風の玉で何をしようとしているか咄嗟に理解し、その衝撃を少しでも緩和するために、ゼロに硬化の補助魔法を持続を極力短くしたバージョンでかけたのだ。


 そのおかげでゼロの身体は、ほとんどの無傷と言っていいほどの怪我で済んだ。

 カイン達もゼロが上手く衝撃の影響が出ないような位置で、風の玉を破裂させたおかげで怪我をすることはなかった。


「アオイさん。今ベヒーモスは上手く動けないはずです。角を折るなら、今が絶好のチャンスです」

「ああ! 任せろ!」


 カイン達を乗せたゼロは、技を放った影響でその場に佇んでいるベヒーモス目掛けて急降下した。

 それに気付いたベヒーモスは、うるさい蝿を追い払うかのように、中空で前足を振るった。


 ゼロのおかげで風圧はほぼ感じないが、それでもベヒーモスの前足に間違って触れたら一溜りもないことは容易に想像出来る。

 ゼロは直線の動きを、ベヒーモスの前足に合わせた蛇行に変えながら、ほぼ速度を変えずに、ベヒーモスの頭部に肉薄した。


 ギンッ!! 鋭い音がこだまし、続いて重量のある物が地面に落ちる音が二度響いた。

 角を切り落とされたベヒーモスは今までで最も大きな声量で一度鳴くと、身を翻し、何処へとともなく姿を消していった。


 ゼロは、そのまま地面に降り立つと、首を地面に這わせた。

 カイン達はのそのそとゼロの背から降りると、その場でへたりこんでしまった。


「ぷはぁー! 正直、生きた心地がしなかったぜ! 何はともあれ、生き延びたやつが勝ちだ!」


 アオイが隣に腰を下ろすカインに向かって拳を突き上げる。

 カインも同様に拳を作り、アオイの拳に当てた。

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