第75話

 サラが一体のグリフォンを倒したのを見届けた後、カインは再び、全体のフォローに戻った。

 幸い、カインの言葉を受けて、全員が防戦に徹したため、多少の負傷はあったものの、致命傷を受けたメンバーはいないようだ。


 ルーク達の拮抗が崩れ、カインも他のメンバーへのフォローがしやすくなったため、防戦一方ではなく、攻撃の際にも補助魔法でも援護が出来るようになった。

 そのおかげで、クランのメンバー達も、徐々にグリフォン達を追い詰め、既に何匹かの息の根を止めることに成功していた。


 その状況を見て、先程から一体の小柄なメスのグリフォンに付き添うように、その場を動かなかったひときわ大柄なグリフォンが、大きな鳴き声を上げた。

 その声に反応して、全てのグリフォンが一瞬ビクッと身体を震わすと、いっせいに空へ飛び立ち、メスのグリフォンの元へ集まって行った。


「おいおい。ようやく女王様のお出ましか? おい、ミュー。あのグリフォンクイーンを倒せば、他のグリフォンは散っていくってのは確かなんだろうな?」

「正確にはクイーン候補だと思うけどね。噂ではクイーンになったグリフォンのメスは、頭から生える一対の毛が金色に輝くらしいわよ」


「まぁ、最悪嘘でもこいつらを全員ぶっ倒せば済むだけの話だ。カインの話じゃ、あの見てただけの二体が別格らしい。ここからが本番だぞ。気を引き締めて行くぞ!」

「あっちが固まって何かしようとしてます。こっちも固まって動きましょう! その方が守りやすい」


 カインの言葉に散開していたメンバー達はルークの元に集まった。

 グリフォン達に距離を取られたため、今有効な攻撃手段はララとソフィの魔法、そして弓使いの弓矢だけだった。


 相手が固まり、味方への誤爆の恐れが消えたため、ソフィは広範囲の雷魔法を唱え始めた。

 首にはカインから贈られたミスリル製のペンダントがかけられている。


「太古の精霊よ。天空の神よ。そなたは全き光。我が眼前の愚かなる全てのものを打ち砕け。我ら審判の怒槌をもて」


 タイラントドラゴンを撃ち落としたものと同程度の威力の巨大な雷が、無数にグリフォン達の群れを襲った。

 轟音と閃光が収まったあと見えたのは、一体のグリフォンを守るようにその頭上に集まり身を焦がされたグリフォンの群れだった。



「ちょっと! 今のはさすがにフーもびっくりしたんだけど!」


 メスのグリフォンは不平を口にすると、自らの身体を盾にして自分を守って死んでいった数体のグリフォン達に目をやる。


「ありがと! おかげでフー助かちゃった! でも、自分の身を犠牲にしてまで助けて貰っちゃうなんて。フーって罪な女・・・」


 ここに集まるオスのグリフォン達は、唯一残されたメスと次の世代を作るために、身を粉にしてこのメスのわがままに付き合ってきた。

 それを勘違いしたのか、自分はオスにどんなわがままを言っても許される特別な存在であると信じ込み、果ては、自分はグリフォンにとっての女神であると思い始めていた。


 女神である自分のために身を呈することは、何も不思議なことではない。

 今自分の身を守るために、まさに身を投げ打った行動をしたグリフォン達に特別な感情を持つことも無く、至極当然の事だと思うようになっていた。


「そうよ。フーは女神なんだから。女神は何をしても許されるのよ。その女神に魔法を打つなんて、なんて無礼な生き物! この世で私が最も優れ、最も正しいのよ!」


 メスのグリフォンがそう叫ぶと、身体に異変が起き始めた。

 頭の上、目の後ろ辺りにある一対の毛が、金色に輝いたと思うと、今度は次第にそこから身体全体が黒く染まって行った。


「フーはこの世で最も優れているのよ! この世で最も偉いのよ!」


 既にメスのグリフォンの身体は全てが漆黒に染っていた。

 突然の変化にオスのグリフォン達は、戦闘中であることも忘れ、メスのグリフォンを見入っていた。


「ふー。なんだか気持ちがいいわ。身体中から力がみなぎってくるみたい。やっぱりフーは凄いのね。ちょっとあなた達。あんな無礼な生き物も倒せないようじゃあ、フーの近くにいる価値ないわ。死んで」


 そう言うと、メスのグリフォンは自身の周りに無数の風の刃を生み出し、周りに集まっているオスのグリフォン達を切り刻んだ。

 その風はメスのグリフォンの身体の色と同じ漆黒の色をしていた。


 とっさにその場から離れた三体のグリフォンを除き、残りのグリフォンは逃げるまもなく、または逃げたところをその巨大な引力に逆らうことが出来ずに引き寄せられ、跡形もなく散っていった。

 三体のグリフォンのうち、最初からメスのグリフォンの近くに控えていた、最も大柄なグリフォンだけが、この事態を理解していた。


 闇堕ち。ある特定の感情が膨れ上がった魔物が堕ちる呪いだった。

 その呪いを受けた魔物は、その感情に支配され、全身を黒く染める。


 絶大な能力を手に入れる代償に、失うのは理性とその呪いを受けるに至った以外の一切の感情だった。

 恐らく、メスのグリフォンが堕ちた原因は、『傲慢』。


 オスのグリフォンは絶望し、種の終わりを理解した。

 闇堕ちした魔物は、見た目だけでなく、身体の組成をも変化してしまう。


 もう、このメスと子を成すことは出来ない。

 それならば、せめて自身の種族から出た呪いはこの手で。


 オスのグリフォンは残りの二体に手短に事実を伝えると、自分達が犯してしまった罪を精算するために、漆黒に染まった同胞に相対した。

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