第60話

「あ! いたいた! すいませーん! ニィニィさん!!」

「あら? サラちゃんにソフィちゃん。どうしたの? そんなに慌てて」


「えーと、ちゃんと話すのは初めてですよね。初めまして。カインの娘のサラです」

「まぁ。ご親切に。でも、うふふ。とっくに知ってるわよ。それでなんの用かしら?」


「そうですよね。知ってて当然ですよね。・・・あの! 単刀直入に聞きます! お父さんのことどう思っていますか?!」


 サラは自身の人見知りを何とか跳ね除け、言葉足らずだが、最も聞きたいことを、ニィニィに迫った。

 あまりの剣幕にニィニィは少し驚いた表情を見せたが、優しい笑顔を作り、ゆっくりと口を開いた。


「まぁ。随分と唐突ね? カインさん、ね。そうねぇ。私の恩人よ。あんな素敵な人見たことないわ。そして私の人生を変えてくれた人。カインさんは知らないふりしてるけど、すごく大切な物を貰ったわ」

「・・・そうです、か。ニィニィさん、妊娠したんですよね? おめでとうございます。相手は次期ドワーフの国の長になるって・・・」


「え? ええ。カインさんに聞いたの? 意外とお喋りなのね。あ、いいのよ。めでたい事だから。そうなの。ありがとうね」

「いえ。お幸せに!」

「あ! 待って! サラ!」


 サラは踵を返すと、走り去ってしまった。

 ソフィはその後を追う。


 ニィニィは何だったのか分からず、少し困惑していたが、直接話せたことで、2人に送る髪飾りの構想が固まった。

 忘れないうちにと、足早に家に戻り、製作に取り掛かった。



「どうしよう、ソフィ。ニィニィさん、すごく幸せそうだったのに、なんか、胸の辺りがチクチクするの」

「サラ・・・」


 2人が食堂で、注文もせずに座っていると、1人の立派な黒髭を蓄えたドワーフの男が近づいてきた。

 ドワーフ特有の短身長ではあるものの、その肉体は鋼のように鍛え上げられており、小ささなど感じさせなかった。


「おぅ! この前この国に来たっていう、3人組だな! もう1人のひょろ長い男は一緒じゃないのか? 会えたらお礼が言いたかったんだがな。まぁいい。お前らも冒険者なんだってな? どうだ。俺に外の話をきかせてくれないか」

「えーと、すいません。どちら様ですか?」


「がっはっは! こりゃいけねぇ。名乗るのを忘れてたな。俺はボルボル。この国じゃあ、ちょっとは名の知れた男よ。知り合いになって損は無いと思うぜ」

「はぁ。こんにちは。ボルボルさん。ひょろ長い男、カインの娘のサラです」

「そのパーティメンバーのソフィです」


「おぅ! よろしくな! サラにソフィ。ところで、人間の女性ってのは随分と小食なんだな? なんも食べてねぇじゃねぇか」

「ああ。すいません。ちょっと悩み事してて」


「なんだと? それはいけねぇな。どうだい? ひとつ俺に話してみたらどうだ? 手助けをしてやれるかもしれんぞ?」

「ええっと。実はですね・・・」


 普段なら他人に話す内容でもないのだが、あまりの出来事に気が動転しきっていたことと、ボルボルの勢いと雰囲気に押され、サラはカインとニィニィのことを話してしまった。

 最初は笑顔で聞いていたボルボルの顔が徐々に赤黒く険しい顔つきに変わっていく。


「いいか? もう一度聞くぞ? その話、間違いじゃないんだな?」

「ええ。2人に別々に聞いたんです。間違いないと思います」


 実際は勘違いの末の間違いだらけなのだが、サラの頭の中では、これがすでに真実になっていた。

 サラの返事を聞いたボルボルは、怒髪天を衝くを地でいくような怒りをあらわにして、テーブルをその岩のような拳で強く叩いた。


「くそやろう!! そのカインって野郎はどこにいるんだ?!!」

「今日は街の西の方を探索してみるって言ってました」


 ボルボルは勢いよく食堂を出ていった。

 途中何人かが、その進行の妨げになる位置に立っていたが、ボルボルはそれを乱暴に突き飛ばした。


「どうしよう。ソフィ。私なにかまずい話をしちゃったのかな?」

「そんなことより! どうしてカインさんの居場所教えちゃったのよ。あの人絶対カインさんに何かするわよ!」


「え! どうしよう!」

「とにかく後を追いましょう!」


 慌てて、サラ達も食堂を出ようとすると、その腕を握られ、引き留められた。

 見ると、食堂のおばちゃんだった。


「ちょっと。あんた達、このまま逃げるつもりじゃないでしょうね?」


 そのおばちゃんの目線は、ボルボルに殴られ、真っ二つに割れたテーブルと、サラ達の顔を交互に睨みつけていた。



 カインは今日も街中をうろうろしていた。

 頭の中は山に住み着いたという、魔物の事でいっぱいだった。


 恐らく、魔物避けの付与を付けた置物でも設置していけば、多くの魔物は近寄らなくなるだろう。

 しかし、山は広い。その全てを網羅するには無理がある。


 また、出来たとしても、結局はその魔物達は別のどこかへ行くだけで、今度はそこに住む人々の生活を脅かすことになるだけだ。

 もう一つは、そもそも強力な魔物には魔物避けが効きにくいということが問題だった。


 それにカインの付与魔法を、ドワーフの国の人々に教えるかどうかも問題だ。

 街をうろうろ歩いて分かったが、この国の人々は、オティスの村の人々と似ていた。


 恐らく、教えてもこの国人々がカインをどうこうするとは思えないが、話がどこに漏れるか分からない以上、易々と教えられるものでは無い。

 最近になって、カインも自身の魔法の重大性に気付き、慎重になっていた。


 そんなカインの目の前に、1人の屈強なドワーフの男が、怒気をおびながら近付いてきた。


「カインってのはお前だな?」

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