第58話

 カインが相変わらずドワーフの国の中をうろうろしていると、向こうに見知った人影があった。

 髪にお手製の髪飾りを差している女性、ニィニィだ。


 ニィニィは人に話しかけ、断られては諦めずに別の人に話しかけている。


「やぁ。ニィニィさん。何をしているんですか?」

「あ! カインさん。こんにちわ。前に私が言ったこと覚えていますか? お礼の飾りを作ると。その材料を探しているんです」


「ああ。言っていましたね。でも、本当にいいですよ。前も言いましたが、あれは私が勝手にやったことですし、お金は元々ニィニィさんのものですし」

「そうは言っても、何かお礼がしたくて。私ができることといえば、飾りを作るくらいですし」


「そうですか。それじゃあ、せっかくなんでお願いしますかね。ああ。そうだ。それなら、私のものではなく、娘とソフィちゃんのために作ってくれませんか?」

「あの二人にですか? まぁ素敵! 二人とも髪が長いから、きっと髪飾りが似合うわ!」


 そう言いながら、ニィニィは自身のお腹を何気なく撫でた。

 おや? カインはこの仕草を以前にも見たことがある。


 今は亡き妻が、一時期頻りにしていた行動だ。

 失礼にならないよう、言葉を選びながら、カインはニィニィに聞いた。


「ニィニィさん、もしかして最近いい事がありました?」


 それを聞いたニィニィは、はっとした顔して、両手でお腹を抑えた。

 やや、顔を赤らめながら、ニィニィは満面の笑みで答える。


「カインさん。どうして分かったんですか? そうなんです! 実は赤ちゃんが・・・」

「やっぱり。妻も娘を妊娠した時に同じ仕草をしていたから、もしかしたらと思って。おめでとうございます! 失礼ですが、お相手は?」


「この国の次期長になる方、ボルボルとの子です。実は私、国に帰ってすぐに結婚しまして」

「ほう! それはすごい。でも帰ってすぐとは、また急ですね?」


「ええ。お恥ずかしい。あの一件があって、国に帰る途中も、ずっと独り身で頑張るんだって決めてたんです。ところが、国にたどり着いた瞬間、ボルボルがすごい勢いで口説いてきて・・・」

「元々面識のある方だったんですか?」


「ええ。私とボルボルは幼馴染でした。向こうの方が少し歳上だから、お兄ちゃんみたいに慕ってましたね。彼もいい歳だから、てっきり子供でもいるかと思ってたんですが」

「まだ、独身を貫いていたと」


「そうなんです。何でも、私が成人したら、告白する気だったらしく。でもご存知の通り、私はそのころ外の世界に夢うつつで、そんなのちっとも気付いていませんでした。そして国を出てしまった。でも、いつか必ず戻ってくると信じて、ずっと待っていてくれてたみたいなんです」

「いい話ですね」


「本当に。私にはもったいないくらいの。私、外で何があったか全部彼に話したんです。そしたら、ただただ私を抱き締めてくれて。それで決心したんです。この人と一緒に幸せになろうって」

「いい人に出逢えたみたいで、いや、もうとっくの昔に出会ってたんですね。いやぁ、良かった。その話を聞けただけでも、この国に来たかいがありましたよ」


「本当にありがとうございます。カインさんに出会えなかったら、私は未だに外で、ありもしない幻想に縛られながら、身を崩してたに違いありません。その恩人のカインさんの希望をどうにか叶えてあげたいとは思うのですが」

「いやいや。こればっかりはしょうがありません。何れにしろ、魔物達をこのまま放置して置く訳には行かない。国に被害があってからでは遅いですからね。それにこれは冒険者の私達の領分です」


「ふふ。カインさんが言うと、不思議と出来そうもないことまで出来る気がするから不思議ですね。カインさんの妻はさぞかし幸せものなんでしょうね」

「ははは。そうだったらいいんですが。残念ながら、私の妻は娘が生まれてすぐに他界しまして」


「あら! ごめんなさい! 私ったら!」

「いいえ。気にしないでください。もう遠い昔ですから」


「そうですか。それじゃあ。カインさん、私、サラさんとソフィさんの髪飾り使う材料を探しに回りますね。残念なことに、最近採掘出来ないから、材料になる鉱石が品薄なんです」

「無理のない範囲でいいですよ」


 先程まで笑みをこぼしていたニィニィの顔は、カインの妻の話題に触れたあと少し陰り見せたが、また笑みを見せた。

 右手をお腹に当て、左手をカインに振りながら、ニィニィは街の中へと消えていった。


 この一連の様子を遠くから覗く視線が2つあった。

 平和なドワーフの国の中にいることと、ニィニィの話に夢中で周囲への注意が切れていたカインは、普段であれば気付くこの視線に気付かずにいた。


 後々の、この視線の主が、大きな騒動を巻き起こす事など露知らず。

 カインはまた、ドワーフの国の街並みをうろうろと歩いていった。

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