第32話

 深い森の中にひっそりと佇む豪奢な屋敷で、3人は1人の紳士然とした男と対峙していた。

 ピシッとした上等そうな衣服に身を包み、その佇まいは上流貴族のようである。


「我が屋敷になんの用かね? 冒険者諸君。晩餐会の招待状を出した覚えはないのだがね」

「うるせぇ! ゴミ! 討伐依頼が出たんだよ! おとなしく殺されやがれ」

「ルークちゃん、相変わらず口が悪い。ダメよ。生ゴミだなんていっちゃあ。本当のこと言われたら傷付くでしょう?」

「ミューぴょん、リーダーはそこまで言ってない・・・」


 屋敷の主は突然の訪問者にもかかわらず、この状況を楽しんでいるようだ。その瞳は赤く輝き、開いた口元には長く鋭い2本の歯が覗いていた。

 ルークと呼ばれた男は有無を言わさず男との距離を詰め、すでに抜き放っている両手に持った黒塗りの長剣を振りかざした。


 男は霧のように姿が消え、次の瞬間には少女の目の前に姿を現す。すでに右腕は持ち上げられ、鋭く尖った爪をその体に突き刺そうと振り下ろしていた。

 少女は慌てる様子もなく短く呪文を唱えると、少女を中心として球状の衝撃波が現れ、男を吹き飛ばした。

 衝撃波は触れると対象を短く硬直させる効果があるらしく、男は腕を前に出した格好のまま床に背を付けて倒れた。


 倒れた男目がけて龍の形をした水魔法が襲い掛かる。男の身体が一匹の狼に変わるとそのまま勢いをつけ、全身鎧を着た大男を強襲した。

 大男は担いでいた大盾でその攻撃を難なく受けきると、すぐさま盾を大剣に持ち替え、そのまま剣を前に突き出し、突進する。

 剣が突き刺さったまま壁に打ち付けられた狼の姿をした男の身体は、今度は無数の蝙蝠に変わり、3人から離れた位置に集まると、再び紳士然とした姿の男が姿を現した。


「これはこれは。少し諸君らを見くびっていたようだね」


 男がぱちんと指を鳴らすと、どこからともなく、無数の魔物達が姿を現した。


「ほう。さすがヴァンパイアロードともなると、配下の数も並じゃないな。ここに来るまでにすでに粗方倒したと思ったが、まだこれだけいたとは。まぁ、どれだけ雑魚が出てきても関係ないがな」


 双剣の剣士は、襲い掛かるゾンビやレッサーヴァンパイアをこともなげに切り払っていく。その動きは素早く、かつ片手で扱っているのにも関わらずその一撃は重い。

 瞬く間に魔物達はその首と胴体を離され、人形のようにその場に倒れていった。


 全身鎧の大男は大剣を床に叩きつけ一度咆哮を上げると、大剣を自分を軸に大きく回転させながら、魔物の群れを薙ぎ払っていく。

 切るというよりは粉砕に近い形の剣撃で、魔物達は肉塊へと変わっていった。


 この場に似つかわしくないピンク色のフリルのドレスを着た少女は、息をつく暇もなく、炎球を放ち次々と襲い掛かってくる魔物達を撃退していた。


「えーい! これだけ数が多いとめんどくさいわね。よーし」

「混沌よ。地獄の炎よ。我が愚かなる敵に死の苦しみを」


 少女を中心に広範囲の炎が立ち上がり、周囲の魔物達を尽く燃やした。


「ばか! ララ! 建物の中でそんな魔法使ってるんじゃねえ!」

「は! しまった!」


 床に発生した炎はそのまま屋敷に燃え移り、その勢いを増し、瞬く間に屋敷中を火の海に変えた。


「ふぅ。危なかったわね」

「危なかったわねじゃねぇ! 俺らまで焼き殺す気か!」

「貴様ら・・・やってくれたな!!」


 屋敷の外で難を逃れた3人の前にヴァンパイアロードが姿を現した。その顔は明らかな怒気を孕み、赤かった目は今や赤黒く染まっていた。


「まぁよかったじゃねぇか。ゴミは燃やしとかないとな」

「貴様! 減らず口を!」


 ヴァンパイアロードが動き出すよりも早く、ルークは高く跳躍すると、落ちる勢いを剣撃に乗せ切り付けた。

 頭から腰の位置まで切り裂かれたヴァンパイアロードは驚愕の表情を浮かべていた。


 地面に降り立つと同時に双剣で縦横無尽に切り付ける。

 剣を鞘に収めると、ヴァンパイアロードだったものは細切れになって地面に散乱していた。


「ララ、復活しないように頼むぞ」

「はいはーい。もう、リーダー。さっきの焼き殺されそうになった鬱憤で八つ当たりしたでしょー。こんなに細かくされたら核を探すの大変なんだからー」


 ララは散らばった肉片の中からごつごつとした塊を見つけると拾いあげた。


「あったあった。ばいばーい」


 ララは手に持った塊に魔法を放ち、消し炭にすると、辺りの肉片も灰に変わった。


「よし! 討伐終わり! 街に戻って飯でも食うか」

「やったー! めしめしー」

「あらあら。ララ、それ以上食べたらほんとに豚になるわよ」

「うっさい! ミューぴょん」



 整備された街道を抜け、3人の経由地点オルヴォーまでたどり着いた。

 その日はもう遅かったため、宿を取り明日それぞれの目的地へ向かうために分かれることにした。


「それじゃあ、明日から私は一足先にコルマールに向かうからね。昔の仲間がすぐに見つかるか分からないが、会えたとしても、ひとまずそこで2人を待つことにするよ。もし向こうについてひどく時間がかかりそうだったり、何か問題があったらコルマールのギルドに向けて手紙を送ってくれ」

「うん! 私もお父さんの昔の仲間って人に会ってみたいし。強いんでしょ? その人達」


「ああ。当時からあの3人の実力は群を抜いていたからね。Sランクになったと聞いても驚かないよ。特にリーダーのルークは双剣使いの剣士で、サラも色々教えてもらえることがあると思うよ」

「わあ! 楽しみ! どんな人達なんだろうなー」


「人柄は、そうだね・・・。うん。良い人達だよ。きっと」

「なに? その間・・・」


 明くる日、2人は早朝にオスローへ向け出発していた。指名依頼だということで、オスローまでの直通の馬車をギルドが用意していてくれて、カインはここまで便乗させてもらったのだ。

 ここからコルマールまでは自力で向かわなければならない。


「なるべく節約しないとな」


 カインは村を出る際に、村長から資金をもらっていた。

 シャルルが羊毛の代金に支払った金額の内、納税分と村の備えのためにいくらか除いた後の余った分を村人に分配していたのだ。


 ただ、他の村人に比べてカインへの金額はかなり高額になっていた。

 カインが村人達に善意で渡していた道具をシャルルが目ざとく見つけ、その性能に驚き、価値を村人に教えたためだった。


 シャルルはしきりにこの道具の製作者や、ぜひ取引をしたいと申し入れたが、幸いなことに村人は誰が作ったのか明らかにせず、取引も自分が使う道具だからと断ってくれたようだ。

 恐らく、初めの頃に案内として同行したサラが何か言ってくれたのだろう。


 道具については大したことをしていないし、助けてくれて受け入れてくれた村への恩返しだと、金の受け取りを固辞したが、冒険者と言っても初めの頃は報酬も多くなく苦労することになるだろうと言うウィルの言葉に負け、有難く受け取ったのだった。

 それなりに懐は暖かいものの、3人を見つけ事情を確認するまではクエストを受け報酬を受ける訳にはいかないため、今のカインには金を稼ぐ手段がなかった。


 ほとんど金の使い道がなかった村の生活とは異なり、ここでは何をするにも金が必要だ。

 3人にすぐ会えるかもしれないし、なかなか会えないかもしれない。それまで資金が尽きないようなるべく無駄遣いはしないよう心に決めた。


「あの、すいませんが。コルマールに向かう馬車を探しているんですが、どこに行けば見つかりますかね?」


 街の衛兵に声をかける。衛兵はあからさまに胡乱な表情を見せる。


「コルマールだと? お前、金を持っているようには見えんが。何か売りに行くってのでもなさそうだし。あんな街に行って何をする気だ?」

「昔の知り合いがそこ居ると聞きまして。会いに行く途中なんです」


「あの街にいるような奴じゃあろくな奴じゃねえな。街の西側にある乗り場で見つかるだろうが、俺はお勧めしないね」

「どういうことです?」


「あの街は金がある奴にはある意味天国だが、それ以外の人間には地獄でしかない。忠告はしたからな」

「はぁ。ありがとうございました」


 カインの記憶ではコルマールは冒険者達が集まる活気のあふれた良い街だった。貧富の差はあったものの、それは他の都市と大差ないのだろうと思っている。

 あの街で暮らしていた時は、金に困るほどではないもののランクに応じた程度の稼ぎしかなかったが、地獄などと思ったことは一度もなかった。


 20年の間に何かが起こったのか。カインは一抹の不安を抱え、街の西側へ歩いた。

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