閑話 オークキングになったオークの話

オークキングが誕生するまでのオーク側の話です。残酷な描写がありますので苦手な人は読み飛ばしてください。読まなくても本編に影響はありません。

一応いつも通りまとめは文末に用意しておきます。


◇◇◇◇◇◇



 それは突如現れた。人間の冒険者達だ。彼らは集落の周りをぐるりと囲むと、何故か囲いを築き始めた。初めはなんのための囲いか分からなかったが、時が経つと、それは自分達を集落の外に出さないようにするための囲いだと分かった。


 集落への侵入を防止するための囲いというのは聞いたことがあるが、逆に出さないための囲いというのは聞いたことがなかった。


 集落の兵士達が冒険者達を追い払おうと外に出たが、帰ってこなかった。おそらく返り討ちにあったのだろう。その後も食べ物を取りに集落の外へ出ようとすると、冒険者達に阻まれ、最悪殺された。


 集落の中のオーク達はほとんどが戦闘など無縁の生活をしていたから、兵士達が返り討ちにあった時点で、村の中で大人しく時間が過ぎるのを待つ他なかった。


 幸い、今年は収穫が多く、集落の蓄えもふんだんにある。何が目的か分からないが、その内に飽きていなくなってくれるだろうと高を括っていた。


 リンデンはそのオークの集落の中の1人だった。他のオークよりも少し食いしん坊で、人より多く物を食べる癖があった。性格は温厚で、今まで争い事を起こした事も巻き込まれたこともなかった。周りより少し横幅が広く、運動が苦手なリンデンは家の中にいることが多く、体もあまり動かさなかった。


 最初に異変が起きたのは老人達だった。元々身体が弱ってきていた上に、少なくなってきた食料を自分達が食べるよりは幼い子供にと、食べるのを拒否し始めたのが原因だった。


 次に倒れたのは子供を持つ親達だった。老人達と同じく、自分の食べる分を自分の子供に与えていたのだ。


 その子供達も食料が尽きた後は程なく倒れて行った。幼い体力でその育ち盛りに必要な栄養を断たれては、長くは持たなかった。


 リンデンはたまたま生き残った。食料を分け与える子供もまだなく、優先的に食料を与えられるほどには若かった。そして、普段から皆より多めに食べていた事で、身体の中の蓄えも幾分か多かった。家から出ず、運動らしい運動をしなかったのも功を奏した。


 しかし、我慢ももう限界をとうに過ぎていた。あるはずも無い食料を探し、集落を歩き回った。多くの人間に誤解を受けているが、オークの食べ物は木の実や虫、そして木の根などであった。人間の想像とは異なり、肉食ではなく、人肉はおろか、鹿などの動物の肉すら口にすることは無かった。集落に僅かに生えていた木は根本から掘り起こされ、全て食べ尽くされていた。虫も木の実もとうの昔に底を尽きていた。


 どれほど歩き回っただろう。リンデンはある家の前にたどり着いた。そこは良く知った家だった。この集落はオークの集落の中では大きい方であるものの、集落の中はみな知り合いで、知らない家など無かったが、それでもその家はリンデンにとって特別な意味を持つ家だった。


 開け放たれた扉を潜り、中に入った。既に事切れた彼女の両親が床に横たわっていた。もう何度も見かけた光景だ。既にリンデン以外は皆餓死していた。中には時間が経ち、腐敗が始まっている死体もあった。リンデンは構わず奥へと進んだ。


 何故初めにこの家に来なかったのか自分でも不思議でしょうがなかった。彼女の死体を見たくない。無意識にそう思ったのだろうか。彼女はベッドに横たわっていた。


 リンデンには将来を誓い合った彼女がいた。運動が苦手で外に出ることが少なかったリンデンの、唯一と言っていいほど外に出る理由だった彼女。その彼女は今目の前で永遠の眠りについていた。周りのオークに比べても出過ぎていたリンデンのお腹を、貫禄があって立派だと褒めてくれた彼女。リンデンと一緒で食べることが大好きだった彼女。その彼女のふくよかだった体は、今のリンデンと同じように、見る影もなく縮んでいた。


 彼女を目の当たりにして、最初に感じたのは飢餓感だった。最愛の人の死を悲しむことすら許されない飢餓感にリンデンは苛まれていた。ふと彼女の腹を見た。生前は村1番の器量持ちの呼び声の高かった彼女の腹は今や平になっていた。いつものように裾をめくり、腹を出す。お互いの腹を撫で合うのが、オークの親愛の証だった。


 腹が減った。何か食べたい。彼女の腹を見ても襲ってくるのは凄まじい飢餓感のみ。そう思うと彼女の腹は何かえも言われぬ最上のご馳走に見えた。彼女の腹は脂肪が抜け落ちた後も、張りがあり、妙に美味しそうに見えた。


 いけない。何を考えているんだ。オークは肉など食わない。共食い、ましてや最愛の人を食べるなど死んだ方がマシだ。しかし、リンデンの意志に反して、その場から立ち去ることが出来ずに、しばらく立ちすくんでいた。


 そして・・・。おもむろにリンデンは最愛の人の腹に噛み付いた。口の中に鉄のような味が広がった。美味い。思ったことは自分の想像していたことではなかった。限界を超えた飢餓は食性も味覚をも超越した。


 もっと食いたい。気がつくとリンデンは彼女を残さず食べていた。足が別の部屋に進む。床に倒れていた彼女の両親も、リンデンにとっては既に食料だった。


 リンデンは本能に従い、集落中を歩き、腐敗が進んだものもお構い無しにその口へと運んだ。しかし、いくら食べてもその飢餓感が収まるどころか増すばかりだった。


 もっとだ。もっと食べなくては。集落の全ての食料を食べ尽くしたリンデンは、集落の外に向かった。


 冒険者達が嬉々とした表情でリンデンに襲いかかってきた。リンデンはそれを無造作に掴むと食らいついた。冒険者達の悲鳴がこだました。その場から逃げようとした冒険者には突進をした。前からこんなに速く動けただろうか?そんな疑問も浮かばず、リンデンは目の前に散らばった肉片を残さず口へと運んだ。


 外に出ることが少なく色白だったリンデンのその身体は闇のように黒く染っていた。腹が減った。何か食いたい。


 『暴食』を繰り返したリンデンは、その都度肉体を大きくし、飢餓感は更に増した。食べても食べても消えぬどころか増す飢餓感を抱え、当てもなく、目につく生き物を全て食らいつくし、リンデンはさ迷っていた。


 何故か元々食べていたはずの木の実や木の根などは目にもとめず、食するのはあの日食べたあの人と同じ肉だけになっていたこと気づかずに。



◇◇◇◇◇◇


温厚なオークの青年リンデン。色々なことが重なり、最後の生き残りになった彼は、菜食なのに彼女の遺体を食べちゃった。

そしたら『暴食』オークキングになっちゃった。

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