辺境暮らしの付与術士

黄舞@9/5新作発売

第1章

第1話

ガターン!


 大きな音を立てて、机と椅子を巻き込みながら、男が吹き飛ばされ、地面に仰向けになって倒れた。

 かなり強い衝撃を受けたらしく、体はぴくぴく痙攣し、口から泡を吹いている。


 吹き飛ばされた男の仲間だろう、冒険者たちは、今起きたことが信じられないような、引きつった顔をしている。


「私の装備がなんだって?! もう一度言ってみろ!」


 男を殴り飛ばした少女は、年は十六から十八歳くらいだろうか。

 地面に着きそうなくらい長い、真っ黒な三つ編みを揺らしながら、怒声を浴びせた。


 そういった彼女の装備は、誰が見ても上等とは言えない。

 装飾の全くない、簡素な作りをした短めの長剣と、なめし革を張り合わせて作られた、こちらも簡素な作りの革鎧。


 簡単に言うと初心者のそれだった。

 その簡素な装備は、まるで下ろしたての様に傷一つなく、どこかあどけなさを残した顔立ちの彼女の姿を見たら、十人中十人が、彼女は冒険者なりたての初心者だと思うだろう。


「まぁまぁ、サラ。そのくらいにしてあげなよ」

「ふん! 喧嘩を売るなら相手をよく見てからにするんだな!」


「もう。いつもは引っ込み思案なのに、装備のことになると人が変わっちゃうんだから……」


 そもそもその初心者然とした格好を見た、新参者の冒険者が絡んできたのだから、相手をよく見ろも無いのだがと、ソフィは内心笑った。

 ソフィも魔術師然とした格好をしているが、魔術師の装備は見た目で質の善し悪しを判断するのは難しい。


 ソフィも歳はサラと変わらず、サラと並べばこちらも初心者と思われても仕方がない事だった。

 しかし、二人は初心者などでは全くなく、数ヶ月前にAランクになったれっきとした熟練者だった。


 二人は珍しいたった二人だけの、しかも女性のパーティだ。

 冒険者に性別は関係ないと言うことは無く、一般的には筋力の劣る女性よりも男性の方がなりやすい職業だ。


 ソフィは精霊術士なのであまり筋力が必要な職業ではないが、サラは剣士なので直に関係する職業と言えるだろう。


「ねぇ。ひとまず私たちをからかったことはもういいから、あちらに倒れてるお仲間さんを連れてあっちへ行ってくれない?」


 ソフィにそう言われ、固まっていた仲間達が、殴り飛ばされ未だに気を失っている男を担ぎながら、すごすごと離れていった。


「さてと! 今日は何かいい話あるかしら?」


 サラとソフィは高ランク専用の受付に向かい、ソフィが受付嬢のアンナに声をかける。

 小ぎれいな格好をした柔和な顔つきの女性が、見ていた書類から顔を上げる。


 肌の質感を見ると二十代とも見れるし、落ち着いた雰囲気を醸し出す様子から、三十代にも見れる。


「ああ、ソフィちゃんにサラちゃん。見てたわよ。相変わらずね」


 先ほどの騒ぎのことだろう。入口から入ったところ、新参者の冒険者にからかいの声をかけられたのだ。

 無視を決め込んでやり過ごそうとしたのだが、それを怯えと捉えたのか、ますます調子づいた。


 サラもソフィもタイプは違うものの男性受けする顔立ちをしているため、下心もあったのだろう。

 殴り飛ばされた男が「そんな陳腐な装備じゃなく俺がもっといい装備を買ってやるよ」と言ったとたん、さっきの騒ぎである。


「だって、お父さんが私に用意してくれた装備を馬鹿にするなんて許せないわ……」


 サラは先ほどの男のことが、まだ許せていない様子だった。

 サラが装備している長剣及び皮鎧は、冒険者になるため村を出る際に、父から餞別としてもらったものだった。


 大好きな父が、自分のために用意してくれた装備で、この三年間共に冒険を歩み、わが身を何度となく救ってくれてきた相棒でもある。

 その装備を馬鹿にすることは、大好きな父を馬鹿にすることに相当する。


 サラは自分がどれだけ馬鹿にされても、生来の引っ込み思案で人見知りな性格から、何も言い返さなかったが、父のことになると、人が変わったようになるのは有名だった。


「はいはい。サラちゃんのお父さん好きも相変わらずなのね。ところでいい情報があるわよ。コリカ公国の東にあるオッド山脈で、タイラントドラゴンが確認されたわ。危険性の調査及び討伐のクエストが出てるわ」

「タイラントドラゴンが出たの?!」


「ええ。討伐クエストの方はAランクだけど、二人なら受けられるわ。もちろん受けるわね?」

「もちろん! すぐに現地に向かうわ!」



 照りつく日差しのなか開けた畑で、男は黙々と野良作業に精を出していた。

 畑には様々な種類の野菜が、少量ずつ規則正しく植えられている。


 売り物にするにしては統一感がなく、量も少なすぎる。

 自給自足のためのものだろう。しかし、丁寧に管理されているようで、色付きも鮮やかでみずみずしく、日を反射して輝いている。


「おーい。カインさん」


 男の名はカインという。手を止め体を起こし、声のした方を向いた。

 立ち上がると大の大人が見上げる程の長身に、あまり肉付きの良くない体型も合わさって、畑の中に立つカカシのようにも見える。


 年は四十歳近いだろうか。この世界では珍しい黒髪は、周囲の長さに不釣り合いなほど、前髪だけ目元を隠すほど長い。

 炎天下の中、朝から今まで外で作業をしていたというのに、汗ひとつかいていないようだ。


「やぁ。ロロ。どうしたんだい?」


 ロロと呼ばれた男は、額に玉のような汗を張り付かせながらカインに近づき、手に持っていた封書を手渡す。


「サラちゃんからの手紙だ。さっき村に行商が来たんだ」

「それはありがとう。それじゃあいつものように頼むよ」


 カインはロロから自身宛ての手紙を受け取ることはせず、ロロはその場で手紙を開封する。

 取り出した手紙を、ロロは声に出して読み始めた。


 村を出て都市で冒険者をやっている娘からの近況報告のようだ。


「そうか。サラは順調にやっているんだな」

「凄いじゃないか。Aランクになっただなんて。まだここを出て3年しか経ってないんだぞ」


 冒険者とはギルドに所属し、様々なクエストをこなし、それに見合っただけの報酬を糧としている職業だ。

 クエストや冒険者は、その難易度や実力に応じてランク付けされている。


 高ランクのクエストは、それに見合ったランクの冒険者のみ受注可能であり、ランクを上げることは冒険者にとっては名声と金を手に入れるために、誰もが目指すことだった。


「ランクが上がるとクエストの難易度も上がる。無理をして危険な目に会わなければいいが……」

「サラちゃんなら大丈夫だろう。慎重さはカインさん譲りだよ」


 そう言われ、カインはロロに微笑みを向ける。

 しかしロロを見る目に光は宿っていなかった。


「カインさんもその目のことがなければ、Aランクになれたのかい?」

「どうだろうね。難しかったんじゃないかな。俺は才能がなかったからね」


 カインも昔は冒険者だった。しかし、クエストの途中で両目の視力を失い、その後、運良くたどり着いたこの村で、今は亡き妻と出会い結婚し、そのまま定住している。

 一人娘のサラを授かったが、産んですぐの年、流行病が村を襲い妻は帰らぬ人となった。


「ああ、そうだロロ。親父さんに持って行ってもらいたいものがあるんだけど、いいかな」

「親父に? なんだい?」

「ちょっと待っていておくれ。今もってくるから」


 そう言ってカインは、家の方に歩いていった。

 辺りの明暗がわかる程度にしか役に立たない目だと言うのに、まるでそこに何があるかわかっているような危なげない足取りで、育った野菜の横を通り過ぎた。


 家の中に入ると、棚においてあった羊毛の毛刈り用ハサミを持ち、再びロロの所へ戻って行った。


「これを渡しておいてくれないか」

「ああ、去年の毛刈りの時に、切れ味が悪くて変な力入れたせいで、羊を傷つけちゃったからなぁ。今回はどういう効果が付いてるんだい?」


「切れ味向上と羊毛が刃に絡みにくくなっているよ。これでもう変な力を入れる必要もなくなるだろう」

「ありがとう。いつも助かるよ。それにしても付与魔法ってのは便利なもんだねぇ。早速親父に渡しに行こう」


「どういたしまして。雨がもうすぐ降るようだから、なるべく急いで帰った方がいいよ。俺も今日はこのくらいにしておこう」


 カインはそう言うと、先程まで作業に使っていた道具を片付け、家に帰った。

 収穫した野菜を土間の片隅に置いて、服や靴に付いた土を払い落とし、居間でお茶を飲み始める。


 しばらくすると、先程までの晴天が嘘のように、黒い雨雲が空を覆い、しとしとと雨音を奏で始めた。

 カインは窓から、庭先一面に咲き誇る、亡き妻が生前好んで育てていた花を眺めていた。

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