第45話「タイムリミット」
時間だけが過ぎてゆく。あって五日後、二日あってまた五日後、…彼女は劇的に変わっていく。カフカの「変身」にも似た一種の恐怖をはらむこの変化は俺には止めることができないのだ。桑田先生の言うようにできる限りのことをしてあげたいけれど、今俺にできることなど彼女の手を握っていることだけである。今咲は鼻血が出てしまったので鶴田さんが止血している最中である。俺は手を握りながら体を起こすのを手伝っているのだが、白血病の症状の一つとして血小板が減少することがあげられるわけで止血にはかなりの時間がいるようだった。
「咲ちゃん大丈夫だよ。もう少し我慢しようね。」
「…。」
咲の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。辛いのだろう。止血が終わるまで数十分がかかった。
血だらけになった布団を片付けるために鶴田さんが出ていった。俺に寄りかかりながら咲が言う。
「ねえ千明。私、死ぬのかなあ?」
そんなこと言うなよ。本当にそうなってしまう気がしてしまうじゃないか。
「そうそう死ぬわけないだろう?日本の医療技術は世界一だぞ?」
「……怖いよ。」
わかってる。俺だって怖いんだ。お願いだから死なないでくれよ。お前まで死んでしまったら俺はいったいどうすればいいんだ。
「ああ。そうだよな。だけど今は俺がそばにいるから。だから安心して寝てろ。」
俺は咲の体を抱きしめた。もうなりふり構ってられるか。人は抱きしめられるとストレスが三十パーセント軽減されるという。少しでも彼女の気が休まるのなら俺はどんなことだってする。浅ましいな。そうでもしなきゃ俺がおかしくなりそうなんだ。
鶴田さんは戻ってくると咲に新しい布団をかけた。きっと三か月前だったら今の状況を見てすぐに冷やかしに来ただろうけど、何も言わずにベッドの横に座った。
「…咲ちゃん寝ちゃったね。」
「ええ。」
止血するのに体力を使ったからだろう。だが寝ていたほうがよいのだろう。俺もそうだが眠っているときは何も感じない。痛みも苦しさも何も。だからむしろずっと眠っていたほうが楽かもしれない。
ずっと眠っていたほうが楽?
何を考えているんだ俺は?咲が死ぬことを容認しているようじゃないか。違う俺はただ咲に苦しんでほしくなくて…なら死んでもいいってことか?違うそうじゃなくて
「千明君。」
鶴田さんの声にはっと正気を取り戻す。くそ、どんどん思考がネガティブになってしまう。そんなことしたって無意味だというのに。
「千明君。大丈夫、大丈夫だから。」
そういって鶴田さんは俺のことを抱きしめてきた。俺はいいんですよ。俺なんかはどうだっていい。苦しいのは俺じゃないのに苦しんでいるような俺が大嫌いだ。タイムリミットは近いのだろうか?咲、早く良くなってくれよ。そして俺を軽蔑してくれ、俺はお前のそばにいていい権利なんてないんだから。
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