第43話「病院祭」

 進学校である長坂学園は毎週土曜日にテストがある。すべて成績に反映されるというこの鬼畜テストを乗り越えそのまま病院へやってきた。今日は病院だというのになぜかにぎわっている。そう、今日は年に一度の病院祭。俺がこの町で唯一行くことのある祭りである。病院の周りにある駐車場が会場となり、たくさんの屋台が並んでいる。そこに大量の人が群がっているわけだが、これは仕方がない。なんせ無料だからだ。ポテトも、ホットドッグも、焼きおにぎりも、豚汁も、綿あめも、そこに並ぶ食品すべてが無料なのだ。どこかの狂った金の搾取祭りな祭りと違うこの大盤振る舞いは多くの町民を喜ばせている。

「さて、どうするか。」

 咲にも持って行ってやりたいのだが、生憎この身体障害者には持っていけて一皿二皿、往復はあんまりしたくないしどうすれば楽ができるだろう?豚汁以外なら、うまく密封してもらってカバンで運んでもいいかもしれないが、どうだろう?あれだけ忙しそうにしている人たちにこれ以上負担をかけるのはいかがなものか。やはり一個ずつ持って行った方が楽かもしれないが、

「あ、千明君来たんだ!」

 ちょうどいいところに鶴田さんがいた。普通に看護師姿である。

「こんにちは。」

「こんにちは。いや―今日は本当ににぎやかだね。」

「そうですね。鶴田さんは何しているんですか?」

「私は午前中にブースでアトラクション係やってたよ?ボールを投げてウィルスをやっつけるゲーム。もう終わったけどねー。」

「そういえば病院内ではそういうやつやってましたね。興味なかったので何年も行ってませんけど。」

「まあ暇な子供くらいしかやらないよね。でも、オブラートにもっとつつもっか?」

「つねんないでください。」

 暴力反対。するのはいいけどされるのは嫌です。

「千明君はこれから屋台の方行くの?」

「ええ。咲にも持っていこうかなって思ってるんですけど、往復するのがめんどくさいなとも思ってました。」

「そっかあ、でも咲ちゃんにはもう持って行ってあるから大丈夫だよ。あとで千明君のも持って行ってあげるからできれば咲ちゃんの方に行ってくれると嬉しいな。」

「あ、そうでしたか。分かりました。」

「私もすぐ行くから三人で今日はゆっくりしようね。」

「はい。」

 病院祭の時ってむしろ仕事が多そうなのにゆっくりして大丈夫なのだろうか?まあそのくらい余裕があった方がいいのかもしれない。別に仕事してないわけではないようだし。


 病室に行くと今日は起きているようだった。だが本読んでいるわけではなく、窓を見つめていた。

「よう。」

「ん。」

 ゆっくりと振り向いた彼女は前よりもさらに細くなってしまった気がする。やつれるぎりぎりという感じの痛々しい姿だ。又薬の副作用で髪が抜け始めたようでニット帽をかぶっている。

「食べないのか?」

 咲の目の前には鶴田さんが持ってきたのであろう屋台の食べ物が置かれていたが、ほとんど手を付けていないようだ。

「食欲ないから。」

「そっか。まあ無理に食べろとは言わないが、食べなすぎるのも体に悪いぞ。」

「ん。」

 いつものように咲の隣の椅子に腰かける。

「ねえ千明。」

「ん?」

「こっち。」

 咲は自分の体を奥に寄せてベッドのシーツをたたいた。

「来て。」

「そりゃまずいだろ。」

「前もやったでしょ?」

 ベッドの入れということのようだ。確かに鶴田さんとか鶴田さんとか鶴田さんとかのせいでそういう機会は今まで何度かあったわけではあるが、子供とはいえ男女が一緒のベッドに入るのはまずいと思った。とはいえ断りづらいので応じるしかないのだが。

「…分かりましたよお嬢様。」

 靴と制服の上着を脱いでベッドに入る。すると咲は満足そうに俺に体を預けた。

「千明の匂いがする。」

「そんなに体臭きついか?」

「別に…でもちょっと汗臭い。」

「それは新陳代謝がしっかりしてるってことで諦めてくれ。」

 ここら辺は十月になると残暑も消え失せ制服の上着を着なければ若干寒くなるのだが、俺の場合着たら着たらで地味に暑いのだ。風邪をひかないようにと考えると着たほうがいいと思うのだが、うーんしばらくはやめておいた方がいいかな?そういえば新陳代謝って英語でメタボリズムっていうらしいけど、俺ずっと太っていることを言う言葉だと思ってた。

「ねえ千明。」

「なんだ?」

「…食べさせてあげる。」

 咲はそういうと焼きおにぎりを手に取った。

「はいあーん。」

 焼きおにぎりって大きさ的にあーんって感じじゃないんだけどな。勝手なイメージかもしれないけどラノベとかでもあーんってされるようなものはせいぜい一口二口サイズの食べ物のイメージなんだが、ちょっとでかすぎやしませんかね?

「あーん。」

 当然断るわけもなく一口食べてみる。冷めてしまってはいるが安定のおいしさだ。ぼろっと数粒米がこぼれてしまったのだが、それは咲が手皿で受け止めていた。

「あむ。」

 そしてその米をそのまま食べてしまった。食欲はなくても何食べても戻してしまう感じではなかったことに安心するも、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。

「まだ残ってる。」

 そういって咲はこちらにおにぎりを突き出してくる。すべて食べろということだろう。うちのわがままでかわいいお嬢様の言われるがまま、俺は焼きおにぎりを食べきった。


「やっほー。お姉ちゃんも混ぜて―!」

 陽気な声とともに鶴田さんはやってきた。そしてこちらを視認するとどこかの女子中学生みたいにぷぷぷっと笑顔になった。

「いやあ仲いいねえ。甘すぎてお姉ちゃん溶けちゃいそうだよ。」

「なんで甘くて溶けるの?」

「え?ああうんとっさに出てきた言葉だからあんまり深い意味はないかな。」

「ふーん。」

 鶴田さんの子供じみたからかいは咲には効かないようだ。まあ前から知ってたけどね。すると鶴田さんは頑張って話題を変えてきた。

「あ、私もベッドいーれて。千明君窓側に代わってね。」

「ああはい。分かりました。」

 抵抗しても無駄だろうから素直に従う。俺が移動すると、鶴田さんは咲に抱き着くようにベッドに飛び込んだ。

「ぎゅー!ぎゅぎゅぎゅー!」

「…なんか子供みたい。」

「見た目は二十代おせっかいは中年、精神は子供の迷看護師ってことだな。」

「何よーたまにはいいでしょたまには!」

 まあ抱き着き方からして咲に配慮しているのはよくわかるので何も言わないが、確かに子供っぽい。

「何かしたいけど、何も思いつかない。」

「今日はゆっくりするんじゃないんですか?」

「そうだけどさ、せっかくだし何かしたいんだよ。」

「…千明に餌付けとか?」

「あ、いいね。」

「ちょっと待って、餌付けって何でしょうか?そこは置いておくとしてももうやったからいいだろう?」

「え、もうあーんしたの?」

「ん。」

「えーいーなー!私もやりたい!」

「いいよ。」

「俺の同意じゃないんですけど?」

 俺の周りの女性は押しが強い人しかいないんですかね?よく男尊女卑、女性差別だといって騒ぐフェミニストの皆さんがいるけれど、いつの世も女性というものは男より強い気がする。少なくとも俺はいつもこの人たちの要求に逆らえたことがないのだ。もしや俺は下っ端キャラなのだろうか?いや俺は命令されるのは嫌いだからそれはあるまい。お願いされると弱いということか?確かにそうの可能性はある。

「「はい、あーん。」」

 だからって焼きおにぎり二個同時に持ってくるな。


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