30 決戦 3

デュカスの動きを封じ、こころを封じるがごとく、カイオンは立てつづけに両腕からの打撃を繰り出してくる。


が、突然に打撃のスタイルが変化し、またもやノーモーションからの打撃に切り替わり、デュカスはガードの上から被弾した。


二発浅くフィールドに入り、衝撃波が体に伝播する。防御に全身全霊をかけるデュカスに攻撃に転じる余裕はまったくない。


弧を描くように移動しつつ、長い豪腕から繰り出される攻撃を懸命にかわし、かわせない攻撃は痛みに耐えてブロックするしかない。

カイオンはノーモーションの打撃のなかに時おり腰の回転を効かせたフックを混ぜてくる。止めどない攻撃に距離をとることもままならない。


ひときわ大きな衝撃音が響いた。打撃の芯をずらせない体勢で右の重い一発がブロックの上からまともにあたった。全身の骨という骨、五臓六腑に衝撃波が響き渡る。デュカスは意識が飛びそうになりながらも相手から目を離さない。


大砲のような音が鳴り、デュカスの体に新たな衝撃が走る。カイオンから初めて前蹴りが放たれ、後方に跳んだためにもんどりうって地面を転がるデュカス。


つづけざまに踏みつけの足が飛んでくるのを横に転がってかわし、ようやく立ち上がったときには狙いすました右豪腕フックが飛んでくる。


大きな鈍い音が鳴り、これは衝撃吸収型のフィールドでさえ致命の威力を防げなかった。顔面の左に直撃を食らう──全身にしびれが走り、デュカスは観念した。

いまの正面切った戦い方ではラチがあかない。このままでは殺される。



──デュカスは防御で精いっぱいだ……


観客席で戦いの推移を見守るリヒトにはそのように見えた。数知れず攻撃を食らっているので戦闘服はぼろぼろに破れまくっている。


防御しているとはいえ重い衝撃波を受けつづけるデュカスの頭部からは鮮血がしたたり落ちている。顔は傷だらけだ。


彼は持ちこたえているものの明らかに深いダメージを受けており、体の動きの速度が遅く危うい瞬間が目につく。対して怪物の俊敏さと攻撃の力感は最初からずっと変わりがない。


常に冷静さが漂う、すべてが計算ずくの狡猾とすら言える戦いぶりだった。勝利を確信しているのが分かる。



と、ここへきて、余裕すら感じられるカイオンが放った、力強く踏み込み腰を入れた右ストレートにデュカスが左の拳を合わせた。


まず轟音が鳴り、次に衝撃波が逃げ場を失い、周囲に破裂したように拡散する。


ふたりともよろめいて、デュカスが立ち直る。同じくカイオンも立ち直るが──

そこでカイオンの動きが止まった。


彼は止まった。違和感に本能がストップをかけていた。背中にぞくぞくするものが走る。彼はあることに気づいたのだ。


デュカスが問う。


「どうした?」


カイオンがつぶやくように言う。


「……なぜ法力がそれほど減ってないのだ……?」


見た目とは裏腹にデュカスの内部は活力が満ちている。確かにダメージはある。しかしカイオンの得ていた感覚からはほど遠いものだった。


「気づいたか。意外に早いな。……俺の足元を見ろ」


デュカスはわかりやすくラインを青く光らせる。地面に蜘蛛の巣を模した網が張られてあった。見せると網はすぐに立ち消えて、もうわからない。


「汚い手段だが、多少なりとも大地から法力を吸収する魔法だ。還元法と云ったりする」


言わば法力の補充である。本来は“縛”に用いる魔法の応用だった。


「水準にある魔法使いならもっと早くに気づいてる。それがお前の弱点だ。法力を犠牲にしたために魔法に対する感覚がにぶい。細かなことを把握しにくい」


驚きはしてもカイオンに動揺はなかった。魔法に対してにぶいのは事実だろう。が勝負を左右するほどのことではない。


「弱点と言うほどじゃない」


デュカスが何かに気づいて瞬間、その顔にやや安堵の色が浮かぶ。試したことの答えが得られたのだ。


「まだある」


「なに?」


ピシィッ、と音が響く。カイオンの分厚く盛り上がる胸部の中心にヒビが入った。驚くカイオン。


「い、いつこんな打撃を受けた……?」


「二発目の打撃……エメラルドエルボーさ」


とっさに思い浮かび、いま付けた名である。


「お前の肉体は生体エネルギーを動力源にしたオーラの鎧を纏っている。ならばこちらもそうすればいい。さっきの還元法を応用して魔法力を大元の生体エネルギーに戻すわけだ。それをバドゥの要領で使う。威力はかなり落ちるがそこは仕方がない。ガワに傷入れただけでもよしとしなくてはならん」


「そんなことが……」


原理はドラゴン族の纏う防御膜と同じでもこちらは人工のもの。質が異なるのだ。内部破壊の技ダムドを使うとしたら対カイオン専用のダムドを開発し用いなければならない。そんな時間はない。


「鎧の仕組みは知らされてなかったはずだ。これは製造者側の不手際だ。末端扱いだからそうなる。……弱点はもう幾つかあるんだが、とりあえずいまはふたつで充分」


「ふん……、ダメージはない」


「そうだな。が、ここからは致命の打撃になる」


カイオンがわずかに体を動かすとまた甲高い音が鳴り、ヒビが広がり、胸部全体に拡散した。


「くっ……!」


「まあたいしたことじゃない。ガワが弱くなるだけでな。俺を潰せばいいことだ」



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