第十八謎:ひとつのゴールは新たなスタート IQ130(全二話)

怪盗ドキ、再び

 古民具喫茶 笥吽すうんを出て煙草屋の角を曲がると、向かいの駐車場に見なれたデニムブルーメタリックのボルボV40が停まっていた。僕がはたらいている探偵事務所の所長、武者小路 耕助先輩の愛車だ。

 青い車というと必ず訂正してくる先輩のせいで、この色の名もすっかり覚えてしまった。


「あら、お帰り。どこ行ってたんだい? さっき先生が帰ってきたよ」


 あちゃー。おしゃべり好きな煙草屋のおばちゃんに見つかってしまった。うまく切り抜けないと二十分でも三十分でもマシンガンのようにコトダマを浴び続けることになる。


「そこの喫茶店へ食事に」

「あそこのマスター、いい男だよね。あたしがもっと若けりゃほっとかないんだけれど。そういや、今日はあんた一人かい。彼女はどうしたの?」


 おばちゃんがいう彼女とは豪徳寺 美咲さんのこと。美咲さんは自称・先輩のフィアンセだというのに、おばちゃんは先輩の方が美咲さんにちょっかいを出していると思い込んでいる。美咲さんは僕と先輩の仲を疑っているし。

 二人とも勝手にややこしい三角関係を妄想してるから困ってしまう。

 先輩も帰ってきているし、とにかく早く逃げ出そう。


「そういえば先生はお客さんと一緒だったよ。前に見たことある気もするんだけれど、人相の悪いおじさんとイマドキの若い男だったね。なんか二人とも目つきが鋭くてさ」


 その組み合わせなら心当たりがある。何かあったのかもしれない。


「それは大切なお客さんなんです。教えて頂きありがとうございました」


 おばちゃんが何か言いかけたのを無視して、強行突破。事務所へ向かって走り出した。

 ビルへ着くと、階段も駆け上がって扉を開ける。


「ただいま戻りました」

「おかえり、鈴木くん」


 ソファに座る先輩の向かいにいた年配の男性が、座ったままこちらへ顔を向けた。あのいかつい顔は忘れない。


「どうも、お邪魔してます」


 隣に座る若い男性も軽く頭を下げた。


「鈴木くんも覚えているよね。捜査一課の御手洗みたらいさんと伊集院いじゅういんさん」


 先輩に紹介されなくても覚えていた。以前、我が百済菜くだらな市の宝である『王の土器』を怪盗ドキから守ったときに先輩が協力した刑事さんたちだ。

 御手洗さんは先輩のお父様が学生時代から親しくしていた友人で、先輩が幼いころからの知り合いらしい。

 ということは午前中に先輩が慌ただしく出かけたのは警察へ行くためだったのか。


「何かあったんですか」

「うーん。これから起こるみたいだよ」


 間延びした口調で先輩が一枚の紙を僕に渡した。

 そこには「名刺見た君子義弟を余震で汲み置け」と印刷してある。


「その文章が我が署に送られてきましてね。先生のお知恵を借りるためにご足労頂いたわけです」


 御手洗さんが説明している間に、この文章をひらがなに変換してみた。

 めいしみたくんしぎていをよしんでくみおけ、の二十文字となる。これにどんなルールを当てはめればいい? 四分割、あるいは五分割して縦読みとか……。


「ほかには何も書いておらずこれだけだったのですが、それがかえって怪しくてねぇ。こんなことをするのはヤツしかいないのではないかと」

「怪盗ドキ、ですか?」


 御手洗さんは黙ったままうなづいた。

 相変わらずのんびりした口調で先輩が後を続ける。 


「分割する方法は私も試してみたよ。ただ結果としてはそこまで複雑じゃなくて、特定の文字を取り除けばよかったんだ」


 特定の文字と言ったって。何を手掛かりにすればいいんだろう。


「日本語には○○抜き、という言葉があるでしょ。それを試しにやってみた。抜き、いき抜き、ぬきもね。答えはみ抜きとくぎ抜きだったよ」


 めいしみたくんしぎていをよしんでくみおけ、から「し」「み」「く」「ぎ」を取り除いてみると……めいたんていをよんでおけ。名探偵を呼んでおけ、になる!


「私とどうしても対決したいらしい」

「まぁ『盗みに入る予告』の予告、といったところですかな。自意識の強い、ヤツらしいやり方です」

「念のため、こちらの関係者の方たちには当面のあいだ十分に注意して頂きたいと思います」


 伊集院刑事が真剣な表情で僕に言ってきた。

 彼が初めてここへ来たとき、探偵なんか信用していないというのがありありと見えていたのに、先輩が簡単に謎を解いてからは態度がころっと変わった。

 チャラそうな見かけと違って、単純で熱い人みたいだ。


「それじゃ、何かありましたら署の方へ連絡をください」


 御手洗さんと伊集院さんが事務所を後にした。


「美咲さんにも伝えておいた方がいいかな?」先輩が僕に聞いてくる。

「その方がいいですよ。美咲さんもこの事務所の関係者ですから」


 恋愛には全くと言っていいほどうとい先輩にしては、珍しく気が利いている。少しは成長したのかな。




 そしてあの日から一週間が経ち、ついに怪盗ドキからの予告状が届いたとの連絡があった。御手洗さんたちがこちらへ向かっているらしい。

 事務所には美咲さんも来ていた。


「新聞広告の一件でも、怪盗ドキという方は耕助さまに敵意をむき出しにしていましたから心配です」


 新聞広告に掲載されていた暗号を解いてみたら、怪盗ドキから先輩への脅しだったことがある。あれは三人で笥吽すうんに行ったときに、マスターの安須那あずなさんがおかしな広告を見せてくれて……。美咲さんにはあの時の印象が強く残っているのだろう。


「心配いりません。ドキは私の鼻を明かしたいだけなんです。危害を加えてくることはないでしょう」

「でも……」


 先輩は落ち着いているけれど、美咲さんからしたら不安に違いない。僕だって気がかりだもの。

 いったいどんな謎なのか。

 そこへノックの音とともに御手洗さんたちが入ってきた。


「お待たせしました。捜査上の決まり事でメールやファックスを使えないので」


 御手洗さんが申し訳なさそうに頭を下げるそばから、伊集院さんが紙をみんなに配る。


「コピーは問題ないんですか」

「上には許可を取ってあります」


 すぐに渡された紙を見る。そこにはいかにも暗号というような文章が書かれていた。



ゴールは生贄いけにえに。

あしを育てよ。

薄荷はっかかまで焼くにはここしかない。

丸い形はほぼこんなものだ。


私はみなの頭を刈りとる。 怪盗ドキ



 美咲さんの顔が曇った。

 無理もない。また不吉な言葉を含んでいる。


「例によってこれが何を意味しているのか、私にはさっぱりわかりません。本部でもみんなで頭をひねっていますが、やはり先生が頼りなんです」


 伊集院さんもソファに座ったまま身を乗り出した。


「それじゃみんなで怪盗ドキからの挑戦を受けてみようじゃないですか。鈴木くんも美咲さんも、御手洗さん、伊集院さんも一緒に考えましょう」


 すぐにノートを開いてペンを持ったはいいけれど、何から手をつければいいのか。

 単純にひらがなへの変換とは思えない。それぞれが文章になっているし、長さも違う。ということは縦読みもないだろう。

 どうして最後の一文だけ行を空けているのか。きっと意味があるはずだ。

 初めの四つの文章がヒントになるのか。四つで一つの答えなのか、それぞれの答えを出すべきなのか。

 怪盗ドキが予告の予告をしてきただけのことはある。僕には手がかりさえ……。





 さて、みなさん。怪盗ドキから私への挑戦、いかがでしょうか。

 鈴木くんも今まで身につけた知識を基に頑張っているようですが苦戦していますね。

 え、そういうからには解けたのかって?

 もちろんです。

 私は普通の探偵ではなく、探偵ですから。


 ここでヒントを一つ。

 最初の一文「ゴールは生贄いけにえに」これが解ければ答えに近づくでしょう。

 それではまた解答編で。

 武者小路 耕助でした。

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