おばあ様の宝物
先輩に促されて僕が謎解きを始めた。
「えーっと……わざわざ何も関係のなさそうな『赤鬼の唄』と呼んでいたところに解くカギがあったんです」
その先輩はと言うと左右をそっと見渡してポールがどこにいるのか警戒している。
まったくもぉ。
「わかってしまえば単純で、赤鬼――あかをに、つまり唄のあ・かをにへ変換すれば……」
ペンを持って直江さんの隣に立つ。
テーブルにメモを置いて書き直して見せた。
にのまるの にわ におうより にしにじゅう
「漢字に直すと分かりやすいでしょう。『二の丸の 庭 仁王より 西二十』というのが、この唄の本当の意味だと思います」
「まぁ。二の丸といったらこの辺りですよ」
先輩があらかじめ用意してきた紙を広げると古地図が現れた。
「やはり、そうでしたか。調べてみたら直江家のお城が――」
「このお屋敷の辺りにあったことは知ってます」
「え、そうなの鈴木くん?」
僕が口を挟むと、こちらを振り返る。動揺してるな。
「それじゃ、百済との交易は直江家が――」
「知っています」
「直江さまのおばあ様が犬好き――」
「もちろん、知っています」
口を軽く開けたまま先輩は固まってしまった。
(わざわざ戻ってこれを調べて来たんですか?)
小声で耳打ちをする。
(うん)
(それなら直江さんに直接聞けばよかったじゃないですか)
(ほら、元祖・耕助先生は、謎が解けるといったん事件現場を離れて裏付け調査をしてから戻って来るじゃない? あれをやってみたかったんだよ)
(そんなこと他のときにやってくださいよ。直江さん、謎が解けるのを楽しみにしていたじゃないですか!)
(ごめん……)
しょんぼりしちゃって。ほんと子供みたいなところがあるんだから。
「仁王様もあるし、このお庭になにかあるってことかしら?」
「おそらく。早速確かめてみませんか」
立ち直りも早い。
ポールを連れて前庭へ出ると、仁王像の祠の前でスコップを持って先輩が立っていた。美咲さんと城之内さんに手を添えられて、直江さんもゆっくりと歩いてくる。
「このお屋敷は南北が軸となっていて、私たちが入ってきたあちらの門はほぼ真南にあります」
大きな声を出しながら、先輩が左手で指し示す。
「門からお屋敷を見て右手、つまり東の方角に仁王像が立ち、石畳の方を見ています。と言うことは仁王像が向いているのは――」
近づいて行った僕に答えを促した。
「西です」
「そう。つまり、この仁王像の正面から二十いったところに宝があるはずです」
「二十って何ですか?」
「単位をいれるとすぐに謎が解けてしまうと思い、おばあ様はあえて外したのだろう。作られた時代を考えればメートルではなく尺か寸か、あるいは」
僕の問いかけに答えると、仁王像を背にした先輩がおもむろに歩き出す。
石畳を越えて錦鯉がいる池との中間あたりで立ち止まった。
「二十歩だと思う。道具がなくても測れるからね。この辺りを掘らせて頂いてよろしいですか」
「ええ、もちろん。何が出てくるのかしら」
「それじゃ、鈴木くん。よろしく」
そう言うと手に持っていたスコップを突き出した。
「僕が掘るんですか⁉」
「こういうのは助手の役目と決まってるじゃないか。それに私はスコップで土を掘ったことなんてないから」
僕だってないよと思いながらも、先輩がうまく出来るのは珈琲を淹れることだけなのを知っていたので渋々引き受けた。
ポールを城之内さんに預けてスコップを持つ。
「女性が埋めたのだからそんなに深くないはず。何が埋まっているか分からないから慎重にね」
先輩のアドバイスにうなずいて、表面をすくうように掘っていく。
芝生がめくれて土が見えてきた。
「歩幅は狭くしたけれど、もう少し手前かもしれないな」
範囲を広げながら土をすくい取っていく。
「あっ、ポール!」
城之内さんの元から走り寄ってきて、辺りの匂いを嗅いでいる。
「何か分かるかい?」
「バウッ」
一声吠えると前脚を小刻みに動かし掘り始めた。
手を止めて見守る。
直江さんも美咲さんに付き添われて近づいてきた。
先輩はポールを警戒しながらのぞき込む。
「あ、何か見えてきましたよ。ポール、待って」
抑えるように手を出すと、掘るのを止めて後ずさりした。
黄色い包みのようなものが見える。
「油紙に包んであるんじゃないかな。鈴木くん、取り出してみて」
ポールの後を引き継いでそっと土をどけていく。どうやら約三十センチ四方の箱のようだ。側面の土を取りのぞき手を入れて持ち上げた。深さも十センチほどあるが思ったより軽い。
「本当に、あったのね……」
直江さんがそっとつぶやいた。
先輩に目をやると黙ってうなずいたので、僕はその宝物を直江さんに渡す。
城之内さんが手伝いながら包みを開いていくと、所々さびた缶が現れた。
「昔はこんな缶にお煎餅を入れて売ってたのよ」
懐かしそうに言いながら、ふたの周囲に貼ってあった紙を直江さんが剥がしていく。
四角いふたを開けると、中には――。
「まぁ、おばあ様ったら……」
缶の中には二十センチほどの枝、目の粗いブラシ、糸がほつれた毬、そして一枚の写真があった。
色褪せた白黒の写真には女の子と一頭の犬が写っている。直江さんが裏を見ると、「イチといっしょに」と書かれていた。
「これっておばあ様がこっそり飼っていたという犬の写真じゃ……」
「ええ。きっとそうね。このイチという犬の思い出を宝物として、ここに隠したんだわ」
優し気な笑みを浮かべ、直江さんは穏やかな視線をその写真にずっと注いでいた。
(ねぇ鈴木くん、飼っていた犬の話って?)
先輩が小声で肘をつついてきた。
(後で説明しますから)
「バウバウッ」
「うひゃぁっ」
油断していたのか、飛び上がるように驚いてしりもちをついている。
「もう、先輩ったら。ポールはお礼を言ってるんですよ」
「そ、そうなの?」
座ったままの先輩の肩に前脚を乗せると、その右の頬をポールがざらりと舐め上げた。
先輩の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
―第四謎:赤鬼の唄 終わり―
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