犯人からのメッセージ
席を立った先輩が、愛用しているモンブランの万年筆を手に戻ってきた。
テーブルの上の紙を見ながら手帳に書き写している。
「最初の一行だけ何か意味合いが違うのかしら」
「そうですよね。行を開けて書いてあるし、きっと理由があるんですよ」
僕が答えたら、美咲さんから軽くにらまれた。
あぁ、いまのは先輩への問いかけだったんですね。めんどくさいなぁ。
僕たちの会話には反応せず、先輩は真剣な表情でペンを動かしている。何を書いているんだろう。
「覗いちゃダメ。自分で考えないと成長しないよ」
先輩は自分の胸に手帳を押し付けるように隠してしまった。
それを聞いた美咲さんがバッグから手帳を取り出す。
僕も負けていられない。机からノートとペンを持ってきた。
でもどこから手をつければいいのか。
「あのぉ……。これって何て読むんですか」
「いまはスマホですぐ分かるんだから自分で調べてみなよ。探偵だからといって、あらゆることを知っている必要はない。気づく力があればいいのさ。使えるものは使わないと」
そう言われりゃそうだ。
瓦に盃、と――かわらけ、って読むんだ。神社で願掛けをして素焼きの盃を投げる、あれか。それと月がどう絡んでくるのか、さっぱり分からない。
「耕助さま、この『HではなくF』ってどういうことなのでしょう? どうしてわざわざ『Hではなく』っていれたのかしら。Fだけでもいいのに」
「Fだけだと色々な可能性が出来てしまうからだと思います。相手が伝えたいことは一つだから、その条件としてHではないということが必要だったんですよ。CやOでもなくFなんです」
ふーん、CやOもダメなんだ――って先輩、まるで答えが分かっているみたいじゃないか!
同じように気づいたのか、御子柴さんが体を乗り出した。
「先生、もしかしてこの謎がもう解けてしまったのですか⁉」
「もちろんです。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵ですから」
さも当然といった顔をしながら、先輩は自信満々に胸を張る。
僕と御子柴さんが驚きのあまり口を開けているそばで、美咲さんはうっとりとした尊敬のまなざしを送っていた。
「解けたのなら教えてくださいよ」
「そうです。一刻も早く対応しなければ会長のお命にかかわります」
「いえ、その心配はありません。急を要することはないと断言できます」
「本当によろしいのですか、耕助さま。善之助大おじ様にもしものことがあったら……」
「大丈夫、私を信じてください」
「はい」
美咲さんたら、ころっと態度を変えちゃうんだから。完全に恋する乙女だ。
それにしてもここまではっきりと心配ないと言われてしまったら、それを信じるしかない。暗号を解き明かしたのは先輩だけなんだし、まさかおじい様を見殺しにするはずもない。
「それじゃ、せめてヒントをください」
「うーん……やはり一行目をまずは解き明かさないと。この答えが下の文章を解くカギになってるからね」
そうなのか。だから下の文章とは行を開けていたんだ。
でも、それが分かったからと言って解き明かす糸口は分からないまま。もう一度、一行目を見返してみる。
HではなくF 青龍 金閣寺 火星
美咲さんが言ってたように一つ目は異質すぎる。ひとまず置いといて、ほかの単語に何か共通点がないか考えてみよう。
青龍って要はドラゴンでしょ。青龍刀って武器を何かのゲームで見たことがある。
金閣寺は修学旅行で見に行った。
火星は……マーズだったっけ。
青龍じゃなくて水龍なら、頭文字が曜日を表すんだけれど。あー分からない。スマホで調べてみよう。
青龍って四神と呼ばれる聖獣なのか。白虎に朱雀、玄武も聞いたことがある。
金閣寺は室町幕府の三代将軍 足利義満が建立したのは学校で習った。へぇ、三島由紀夫の作品にも「金閣寺」というのがあるんだ。
ん、待てよ。
ひらめいちゃったかも。
「先輩、これって数字を表しているんですか」
「お、いい所に気がついたね、鈴木くん」
「どういうことですの」
美咲さんは先輩にたずねたのだけれど、先輩は僕から話すように手で促した。
「まだ二つしか解けていないんですけど、それぞれの言葉から特定の数字が浮かび上がってくるんだと思います。青龍は四神の四、金閣寺は三代将軍の義満も三島由紀夫も三です」
「なるほど」
御子柴さんが大きくうなづいた。
ほかの二つも数字を表しているはずだ。
「それなら火星も四かしら。太陽系の第四惑星ですもの」
「その通りです」
先輩からのひとことで美咲さんが目をきらきらさせている。
残るは一つ、Fか。
HでもなくCでも、Oでもない。なんか見覚えのある英字なんだけど……。
「これ、元素記号ですわ!」
スマホから顔を上げた美咲さんが高らかに勝利宣言をした。
そうか、それだ。あわてて元素記号を検索する。
「単にFだけだとアルファベット順で六という選択肢もあります。HとFの組み合わせとしては音名のドイツ語表記でも使われていますが、日本では一般にシの音はHではなくBで表すので、ここでは元素記号を指しているのだと思いました」
先輩の解説に、御子柴さんが二度、三度とうなづいた。
これで美咲さんとの勝負は二勝二敗。先輩の幼馴染だろうがフィアンセだろうが、簡単には助手の座を渡せない。何としてでもメッセージを先に解き明かさなきゃ。
先輩は一行目の答えがメッセージを解くカギだと言っていた。
その答えは九、四、三、四。この数字がどうかかわってくるんだろう。
数字通りの順番で文字を抜き出してみる。
映画見てる子
きみ白い甲
野に咲く早苗
叶う人心
命の果ての
最後は遠い
月の瓦盃
白、に、早、人。意味が分からないだけじゃなく、これなら末尾の三行は不要になってしまう。
画数はどうだろう。それぞれの画数に相当する字を調べてみよう。
映が九画、次の四画は……心だ。は、が三画かな。月が四画。並べると『映心は月』になる。これも意味不明。
この四つの数字が並んでいる順番にも理由があると思ったのになぁ。
「こういう場合は、文章に規則性があるか、あるいは変換して見えてくるかをまず第一に考えるのがいいよ」
先輩は珈琲を口にしながらヒントをくれた。おじい様が誘拐されているというのに、やけにのんびりしている気がするけれど。
とにかく今は謎を解くことを考えよう。答えが出れば、先輩が余裕を見せている理由も分かるはずだ。
四つの数字による規則性はなさそうだから、とりあえずひらがなに書き換えてみるか。
「あれっ、この七行ってすべて七音ずつなんですね。だから詩のように響きがよく感じたのか」
「また、いいところに気がついたようだね」
先輩がマイセンのカップを掲げてほほ笑んだ。
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