第40話 キャンディリング4

「本日は、お忙しい中お越しいただきまして、まことにありがとうございます。私は、北房運輸という会社の雇われ社長であります、丸山です。えー、私はヤクザ出身です。今日この場には、ヤクザも元ヤクザもいます。もちろんそれ以外の人の方が多いですが。私は初めに、この場を借りてヤクザたちに言いたいことを言います。ヤクザの皆さん、ヤクザを辞めてうちに来なさい。」




会場からざわめきが起きた。北房運輸の丸山社長はいきなりやってくれた。かなりストレートな手だ。




「チャンスはいつもそこにいるとは限らない。向こうから近づいても気づかないことのほうが多い。でも今は、チャンスは間違いなくそこにある。我々はいつでも、あなたたち一人ひとりを受け入れる準備があります。本日は、説明資料の中に私の名刺を入れました。その名刺は決して他の人にあげてはいけません。皆さんの準備が整うときまで保管してください。準備ができたら私に電話してください。いつでも迎えにいきます。」




北房運輸の社員から拍手が起こった。名刺を持っていればいつでも安全に辞められるというわけだ。辞めるときには周りの目やしがらみもあるだろう。それでも、上手くやるから自分に任せろというメッセージだ。今まで何件ものトラブルを背負ってきた丸山ならではの手だった。ヤクザたちの中には、不満げな顔をする者もいた。しかし、そうでない者もいた。一人でも多くのヤクザに届けば丸山の勝ちだ。












この日は、デモ隊への説明会が開催された。場所はホテルオークラの大会議室、北房のほうですべて手配をしてくれた。今回から、実働部隊は全て北房運輸が執り行うことになっていた。




説明会への参加者は二百名を超えた。求人を見て来た派遣会社の人も多かったが、何よりヤクザが多かった。半数はヤクザではないのかと思うくらいだ。これはかなり慎重に物事を進めねばなるまいと感じた。




「続いてこのプロジェクトのプロデューサーである、神谷よりご挨拶申し上げます。」




丸山に言われ、俺は壇上に出てマイクを受け取った。一礼して驚いたのは、二百人が意外と少ないということだ。キャンディリングのライブのイメージが頭にあったのは確かだ。それに比べてなんとエネルギーのない面々なのかと思った。目が死んでいるとまでは言わないが、覇気がなく、未来に対する希望のようなものが全く伝わってこない。




「皆さん、こんばんは。神谷です。お集まりいただきありがとうございます。」




そう言うと、皆ぼそぼそと頭を下げたり、こっちを見た。












「率直に言います。今日ここでの集会のことは他言無用でお願いします。先日、盗難スクーターによる発砲事件が起きました。犯人は捕まりました。しかし、盗難スクーターは結局見つかりませんでした。これがどこにいったのかは藪の中です。どこに行ったと思います?僕は多分、外国に渡ったんじゃないかと思ってます。」




訝しげな顔という表現がよくわかる状況だった。皆、きょとんとしながら俺を見た。




「違法ヤードといって、山の中にある鉄柵で囲まれた敷地の中で、外国人による犯罪があとをたちません。今回のように盗品のスクーターが持ち込まれると、そのまま外国に輸出されるそうです。足がつきそうな場合には、ある程度加工されるそうです。県警はこの違法ヤードを把握していますが、証拠がないので手出しができません。」




俺は水を一口飲んだ。このスピーチにあまり手応えを感じず、喉がカラカラになってきていたからだ。




「日本人の財産がそのまま外国に盗られていくんですよ。おかしくないですか?この犯罪の性質の悪いところは、ヤードが犯罪の拠点として存在が許されていることです。知事から認可を得て活動していますから。例えば、皆さんや皆さんの家族が自分のお金で買った車を、ある日突然盗まれるとします。その車は海外にいくので二度と会えません。ですが盗んだ人間もそれを買い取って輸出する人間も、日本国内で堂々と生活しているのです。そして彼らは次の獲物を狙っています。おかしくないですか?」




見ている者の顔つきがようやく変わってきた。




「盗難保証のようなものに入っていれば損失は出ないかもしれません。ただしこれは保険会社が丸々損をします。日本の保険会社が。つまり、損をしているのは日本人だけなんです。違法ヤードの外人は決して損をしないどころか、日本のインフラを使って悠々自適な生活を送っています。病院にも行けるし生活保護だって受けれます。日本人は搾取されるだけ、外人は搾取し放題、日本人の財産がどんどん外国に盗られていく一方です。警察はなにもできない。これは僕はおかしいと思う。今回の仕事は、こういうことなんです。皆さんの力を借りたいのです。詳しい説明はこの後ありますが、この違法ヤードを我々の力で潰しませんか?」




このとき、会場にいる全員と目が合った気がした。俺も思わず力が入ってしまっていた。




「やることはデモです。皆さん、違法ヤードを取り囲んでデモをやってください。」




ざわめきが起きた。嫌な感じは一つもしない。




「それだけです。その際に絶対に暴力は振るわない、あとヤクザはみんなヤクザだとばれないようにする、あと外人への差別的発言も絶対駄目、マスコミも来る予定なんで。これをヤードがなくなるまでやってもらいます。」




ヤクザだとばれないようにする、そこの部分では、この日初めて盛り上がりをみせた。ヤクザたちが、ある者はにやけ、ある者は怪訝な顔をし、ある者は他のヤクザの顔を見てどよめいた。一般の派遣社員は皆、下を向いた。




「皆さんは市民代表なんです。モラルと自覚ある行動をお願いします。それができないようでは首を切ります。クビってことです。問題を起こしたり、そういう人はクビです。なぜかというと、最も大きな懸念が、外国人差別反対という立場から、活動家が向こうの味方になることです。沖縄を見てもわかる通り、活動家は日本人の味方ではありません。ましてや千葉県民の味方にはなり得ません。彼らに付け入る隙を与えないためにも、暴力、差別、ヤクザ、この三つは絶対駄目ですので、よろしくお願いします。」












説明会はその後、何事もなく終わった。俺も中々良い話ができたと思う。あとは決行あるのみだ。俺は丸山さんに誘われてラーメンを食べに出た。北房の人間も来ていた。




「会長、いよいよ明日ですね。手抜かりなくやりますので。」




「そうですね。あの、必要なことは徐々にやっていけばいいと思います。とりあえず身体さえあればいいんじゃないですかね。」




「人員とバスの手配はバッチリです。」




「あと、せっかくだから出店とかやったらいいんじゃないですか?」




「すぐには難しいですが、面白いですね。」




「ですよね。そういう遊び心がないと続かないかもしれないですし。」




「わかりました。検討しておきます。」




北房運輸からの精鋭十名ほどが、深夜のラーメン屋に集まった。彼らは皆物静かだったが、味わい深い顔をしていた。




「皆さん、明日からよろしくお願いします。」




俺が最後に頭を下げると、彼らは黙って頭を下げた。こういう人間はおそらく裏切らない。自らの仕事を全うするだろう。あまり口を出さずに、この人たちに任せる方がいいのかもしれない。












携帯を見ると、元町プロダクションの瀬川大介から電話が来ていた。




「会長、マイが相談があると言ってきました。」




「いよいよですね。」




「はい。明日の練習後に話を聞くことになりました。」




「じゃあ僕もそっちに行っています。」




「わざわざすいません。」




もしかしたら明日、キャンディリングのほうは大きく動くかもしれない。中原さんには説明してあるので、俺と中原さん、警備員、それに株式会社大和の中村綾子を誘った。綾子は全くの無関係だったが、大介に紹介しておく必要があった。それで、明日の夕方、車二台で横浜に行くことにした。












電話を切ると、もう一本電話がかかってきた。風紀委員会の中畑くんだった。時間は一時を回っていた。




「どうしたの?」




「神谷くん、僕、警察に逮捕されるかもしれない。」




「は?なんで?」




「どうしよう。僕が悪いんだ。もう絶対しないから許して……」




最後のほうは言葉になっていなかった。俺は中畑くんから居場所を聞き出そうとしたがまるで会話にならず、とにかく落ち着かせるより他になかった。




「神谷くん、最後に話せて良かった。じゃあ。」




しばらくして中畑くんは一方的に電話を切った。今すぐに動くべきかもしれないが、中畑くんがなにかを勘違いしているという可能性もある。しばらく考えたが、なにも思い付かなかった。




「しょうがないな。」




二度と使うまいと思っていたが、パソコンを立ち上げ、大学の学生名簿を開いた。中畑くんの住所を携帯にメモして、ヴァジュラのカーディガンを羽織って出かけた。スタバでコーヒーを買い、タクシーに乗って中畑くんの家に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る